2006/02/24

新芽

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とてもお世話になった禁煙掲示板のお仲間で私の敬愛するJさんのお父様が亡くなられました。ヘヴィースモーカーだったそうです。でも亡くなる前の2週間、きっぱりタバコを卒煙したそうです。
ここ数日、なんてレスしていいか分からずずっと悩んでました。ようやく先ほどレスしたものの、月並みの言葉しか浮かばずダメダメでした。禁煙2年にもなる方が、身近な人をタバコで失うということは、とても悔しいことなのではないかと思います。それでも掲示板に明るく報告してくださったJさん、本当にすばらしいと思います。
「終わりがあれば始まりもある」とよく言われることですが、今回のことで、Jさん、そしてそのお父様は多くの禁煙チャレンジャーに勇気を与えたことと思います。亡くなって終わり、というのではなく、そこからたくさんのことが生まれる、そういうところに感動を覚えます。
今日、枯れたように見えるアジサイの枝から、新芽が出ていました。

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2006/02/08

心の窓

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私が最初通った東京衛生病院の禁煙教室でこんな話があった。「禁煙をすると心にぽっかりと穴が開いてしまったみたいに感じる、と多くの人が言う。その穴が耐えられなくてまた喫煙を始めてしまう方が多いようだ」。手作りの人形を使ってわかりやすく、やさしく語ってくれた。
私にとってもそうだった。早く言えば「なんか、物足りない」。心に空洞が確かにあった。その空洞が埋められたかどうかは分からないが、そこから見えてくるものが多々あったと思う。それがこのブログそのものだ。
穴を埋めよう埋めようとして穴ばかり見ていると、かえって穴が深くなるようだった。そういうことには耐えられなかったので、自然とその穴を窓にして、いろいろなものを眺めてきたここ1年数ヶ月だったように思う。
今はカメラを通して心の窓の風景を写せたらいいな、なんて思ってるけど、これがそううまくいかなくって、じたばたしている毎日です。
学校の丸窓をぱちり。何が見えるかな?

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2005/12/29

禁煙1年を経過して

今夜、椎名林檎がかかっている。
1年前、禁煙の辛さを紛らわそうと、林檎のCDに合わせて叫ぶように歌ったのをリアルに思い出す。

喫煙というのは、私にとって、心の中に黒く固まった部分を、打ち砕こうとしたりえぐろうとしたり、そういうささやかな抵抗だったと思う。
他の人のことはわからないけれど、もしかして、喫煙するにしろ、音楽を聴くにしろ、お酒を飲むにしろ、いろいろな場面で無意識のうちに、みんなこの心の中の黒く固まった部分を打ち砕こうとする、ささやかな抵抗をしているのではないだろうか、と思う。

そういうささやかな抵抗を私はなんだか無性にいじらしく思う。そういう人間らしい弱さがいじらしくてたまらない。
だから最近、タバコが悪いかどうかは別として(もちろん体に害があることは明らかだが)、喫煙者のそういうささやかな抵抗を否定する気にはなれなくなった。

みんな必死なんだ。

私も必死にタバコを吸って、それで必死にタバコをやめたんだ。

林檎を聴いているとこういうとりとめもない感傷が湧いてくる。

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2005/03/16

禁煙185日 喫煙者の憂い

暖かい日。いつもより薄着で、いつもより足取り軽く学校へ。学校からしりとりに参加しちゃったりして、これは反省…。もう最後だから、笑わせてなんぼの授業は今日もたくさんの笑いの爆弾を爆発させた。
ここのところ、卒業制作として、自己PRプレゼンテーションの作成をしている。それをみていると、今まで知らなかった生徒さんのことをいっぱい発見できて楽しい。
今日は結構ヘヴィースモーカーの人でパチスロが趣味という気のいい生徒さんのプレゼンの内容をみてうなった。パチンコをやる人の気持ちというのがいまいちピンとこなかったのだが、その理由として、一人の世界に入れていろいろな雑念や辛さから逃れられる、というようなことが書いてあった。
その生徒さんは病気を持っているので、さぞかし辛いのだろうと思う。でもとても気がいいので、きっといろいろなことに押しつぶされそうになる時があるのだろうなぁ、としみじみ思った。
それは、つらい時、私がタバコを吸っていた心境に似ているかもしれない。一人でいるのが本当はさびしいのに、一人でいたかった。いろいろな現実や精神のうちにある、しがらみから逃れたかった。
その辛さを少しでも軽減できればいいな、と思い、授業の笑いとりに熱が入った。

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2005/03/12

禁煙181日 禁煙半年ー禁煙はやめられない

今日で禁煙も6ヶ月。
朝からとてもドキドキだった。なぜかというと、同じ毎月12日がタバコ命日のヒヨちゃんと、禁煙掲示板に合同スレッドで報告しようという、画期的計画を企てていたからである。
お昼前に、いざ、投稿。二人分なので長くなってしまったし、みんなにひかれないだろうか、とドキドキでいっぱいだった。しかし、そこはつねぼんサイトの懐の深いトコ。みんな、あたたかくレスで迎えてくれた。
本当にドキドキだったので、みなさん本当にありがとう!ヒヨちゃん、やったね!楽しかったね。
と、こんなことでドキドキして楽しんでいる禁煙半年目だった。あ~なんかとても平和で幸せだ。自分を追い詰めるものや自分の自由を奪うものが何もない、今日。自分のことながら、自分で自分を追い詰めていた日々、タバコの奴隷となっていた日々を不憫に思う。タバコを吸っていた時には、こんなことで騒いでドキドキすることなんて、ばかばかしくてやってられなかったに違いない。でもこういう人のありがたみとか、人との関係を一つ一つ大切にドキドキして向き合うことは決してばかばかしいことではない。生きているということの現実をこうして肌で感じることはとても素晴しいことだと今は思える。
禁煙で、よくも悪くも現実と対峙しなければならなくなった。最初はそれが苦痛だったが、現実に向き合うのって、そんなに悪いことじゃない。悩んだりいろいろ考えあぐねたり、時には辛いと思うことでも、しばらくしてしまえば、なんだか悩んだりした分、いい思い出として確実に自分の中に残っていく。タバコで現実逃避してあとに何も残らなかった日々とは大きな違いだ。
こんなにいいことだらけだから、時に辛くても、タバコがやめられなかったそれ以上に、禁煙はやめられない。

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2005/02/13

禁煙154日 寝る子は育つ

昨夜22時過ぎには寝てしまった。そして、起きたのは、お昼の12時。14時間も寝るなんて…。
起きたら、寝過ぎで、頭はガンガン、腰も痛ーい。なんか一気に老け込んだような気分だった。頭痛はたまにあるにしろ、腰痛は初めてだ。
嫌なことがあると何でも寝て解決しようとするのが私のクセだ。
禁煙6日目にビッグウェーブに遭ったときもひたすら寝た。そうして起きた時にはビッグウェーブは去っていた。それ以来禁断症状で悩む時には、寝た、ひたすら寝た。
禁煙で私が最も失敗しやすいパターンだと思ったのが、吸いたい気持ちがいろいろと心の中に葛藤を持ってくる、その葛藤に付き合っていろいろ思い悩むと、それがストレスになり、逆に吸いたくなる、というパターンだった。
だから何も考えなければどうにか乗り越えられそうだ、と思って時間の許す限り寝ることにしたのだった。
寝ればどうにかなる、というのが禁煙生活で頭にしみこんでいるみたいで、禁煙だけでなく、他の悩みにも応用しているわけだ…なんて大げさなものじゃなくって、いろいろ思い悩むのに疲れたので寝ることに走っているのかもしれない。
昨日も約束をキャンセルして、十分にお昼寝していた。のに、今日の14時間は寝すぎだよー。と分かっていても頭痛と腰痛に付き合っているのが嫌で、さらにまた昼間から夕方にかけて寝てしまった…。おかげで、腰痛は治らないが、頭痛はどこかへ飛んで行ってくれた。悩み…これもなんとか日の射す方へ向かっていけそうだ。
14時間+昼寝…。結局今日はずっと寝ていた。寝る子は育つというが、もうこれ以上育ったら困る…。

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2005/02/12

禁煙153日 禁煙5ヶ月に思うこと

いろいろと悩み事はあっても、一番気をつけたいのは、自分だけが最も不幸だ、という考えの穴の中に入ってしまわないようにすることだ。自分が一番不幸だと思うことほど、不幸なことはないと思うから。
自分の穴の中に入ってしまわないようにしようとすると、自然と人の話に興味がわいてくる。ちょっとした言葉が心に響いたり、人の考えや、いろいろな話を聞くのが、とても興味深い。そうでもなければやってられない。自分自分自分では辛くなってくる。やっぱり、人生最後は自分、だけでなく、自分の周りにいる人なのだと思う。
そういう気分の時には、HPをめぐるのが楽しい。いろいろな人のいろいろな世界や出来事が広がっていて、面白くてとても気分転換になる。わざわざ会わなくても時間を問わず、いろいろな世界を飛びまわれるネットってやっぱりすごい。
いろいろネット仲間が助言をしてくれて、こつこつと一歩一歩進むしかないというようなことを言ってくれた。これって禁煙で5ヶ月間ひたすらやってきたことと同じなのでは、とはっとした。ひたすらにこつこつと仕事をする、今すぐにはどうにもならなくても、できることをやっていくしかないなぁ、と思った。禁煙の経験が生かせそうだ。
自分にとって辛いことからも、必ず何か得るところがある、と言ってくれた仲間もいた。禁煙なんかそうだよな~、辛いけどいい時が必ず来て、たくさんのことを得ることができる。それと同じで、きっと爽快な日がやってくるはず。
「ここが一番の踏ん張り時です、がんばってください」私のよく書くレス、そのまま自分にも言い続けよう。

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2005/01/18

禁煙128日 禁煙教室

今日は、荻窪の東京衛生病院の禁煙教室の役員会及びOB懇親会だった。
東京衛生病院の禁煙教室はとても歴史のある教室で、「5日でタバコをやめよう」のスローガンの下に行われている。その名の通り5夜連続で開催され、ドクターが医学面から、牧師が精神面からレクチャーしてくれる。レクチャーといっても堅苦しくなく和やかなムードで行われる。
私は通学したが、ここの病院のすごいところは、「禁煙入院」があるところ。しかも「禁煙ドッグ」というコースまであり、入院して禁煙指導を受けながら、検査までしてくれるのだ。部屋は全員個室でフルーツと水がどっさり置いてある。口寂しくなったらそれらを口にする。入院中は規則正しい生活が指導される。朝、タバコを吸う代わりに、ドクターとみんなで散歩をする。食事は野菜中心の禁煙にやさしい食事が出される。常にドクターがついていてくれる。
入院のいいところは、ストレスだらけで禁煙しにくい環境にある場合に、一時的にそれらをすべてストップできるところだ。今日、久しぶりにそこで知り合った禁煙仲間二人に会ったが、二人ともとても大きなストレスを抱えた生活をしていた。それをいったん全てシャットダウンしたくて、東京衛生病院の入院を選んだそうだ。入院中、二人ともとてもリラックスしていて、つかの間のストレスのない生活を楽しんでいた。
ここの禁煙教室のもう一ついいところは、教室が終わったあとのケアが行き届いているところだ。教室の2週間後ぐらいに、フォローアップがあり、ドクターを交えて懇談する。禁煙が続いているという報告や、こういうことで悩んでいる、こういうときに吸いたいなど、みんなで話す。一人で悩んでいるとタバコに手が及んでしまいがちだが、こうして話し、ドクターの話をきくことで全然違ってくる。
それから、禁煙教室から、1ヶ月、3ヶ月、6ヶ月、1年、の節目の日と禁煙教室の電話番号が書いてある紙がわたされ、その日に電話で現在の状況を報告すること、となっている。具体的に「何月何日」と書いてあるので電話する日を目指してがんばろうという気になる。
そして、OB会があるところ。会長以下、禁煙歴何十年のベテランがそろっている。教室の後も結束して、禁煙継続を目指している。
今日はそのOB会だったわけだが、そのそうそうたる面々の中で、なぜか禁煙4ヶ月過ぎの私が役員になっているのだった。ボランティアでこれからお手伝いさせてもらうことになっている。
その役員会に初めて出席したわけだが、こういう組織の集まりでは、だいたい事務連絡とか決算報告とかが行われるものだと思っていた。そうしたら、そんなことは書面で済ませ、禁煙者を増やすにはどうしたらいいのか、とか、現在の喫煙の傾向だとかを真剣に話し合っていた。またこの病院の禁煙教室は利益を度外視してやっていることも知っs-IMG_0398た。みんなすごいなぁ、えらいなぁ、と感心するばかり。
その活動に参加できることをとても光栄に思った。帰りは禁煙仲間とわいわい食事して帰ってきた。なんか、いい一日の締めくくりだった。禁煙教室に貼ってあったポスター。タバコをモチーフにしたお墓にドキッとする。こういうお墓を少しでも減らしていきたいな。

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2005/01/17

禁煙127日 入校選考

今日は勤めている障害者校の入校選考だった。いわゆる入試だ。
入試にしては天気に恵まれ、受験生の人たちにもやさしい日和だった。
でも、今日は戦いの日。受験生も本気でぶつかってくるだろうが、こちらも本気だ。次年度のクラスがいいクラスになるかどうかが、今日この日にかかっているのだから。
受験生はまず、ペーパーテストを受ける。国語と数学だ(科によって違うが)。それからいざ面接。第一希望と第二希望の科の面接を受ける。さらに身体能力の機能検査や、寮に入る人は入寮面接をまわる。
そこでの私の仕事は面接官である。かれこれ5回目の面接官になるが、私のような若輩が自分よりも年上の人まで面接している光景は、いつも恥ずかしくなる。驚くべきことに最初に面接官をやったときは、私がこの学校に採用されて、10日ぐらいしか経っていないときだったのだ。
次年度の生徒は、現場にいる私たち講師がじかに面接するというのが方針だ。しかしいくら方針とはいえ、現在のクラスの状況も分かっていない、どういうシステムなのかもよく分かっていないその時の面接は、何が何だか分からなかった。
あれから、5回の面接官をやって思うのは、面接を重ねるごとに、自分の講師としての成長が試されているのだなぁ、ということだ。形式的には私たち面接官が受験生を試しているのだが、実際には結構な真剣勝負で、自分こそが試されているのだと思う。面接では短い時間の中で、訓練の必要性があるかとか、授業についていけるだろうかとかを判断しなければならない。次年度にクラスを目の前にして、私たちが選んだ生徒はどれだけがんばれるのだろうか、と思う。で、修了の頃に、あぁこの生徒たちをいれてよかった、と思ったり、いいクラスだったなぁ、と思ったり。不思議なことに逆は今のところない。いつも、どうにかこうにかクラスはうまくいって、ハッピーエンド。ま、そこに至るまでが実は大変なのだが…。
そんなこんなでお昼を食べるいとまなく、面接は終わった。がっくりと疲れるのだが、仕事はまだ終わっていない。その後、選考会議に入る。私の敬愛する上司二人と、他の講師の先生達で合否について話し合う。しかし会議というのはいくら敬愛する上司と一緒でも、マイペースな私には合わないなぁ。すごーく疲れて、終わる頃にはタバコが吸いたくなっていた…。

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2005/01/16

禁煙126日 病気と付き合うこと

おとといの記事で最後に少し書いたことをもうちょっと書いてみたい。
この際、禁煙したら肺がんが治るか、などという議論は私にとってどうでもいい。もちろん肺がんになってからは父は禁煙していた。
問題は病気とうまく付き合うにはどうするべきだったのか、ということで、私の興味はそこに注がれている。
父の闘病記でこれから書いていくが、私たち家族は、父にできるだけ希望を与え、少しでも長生きしてほしかった。だから父もそれに応えようとしていたと思う。
抗がん剤投与のために体力をつけるべきだといって、父はできるだけカロリーの高い飲み物を飲もうとして、大嫌いだった牛乳を水代わりに飲んだ。とても、いがいがする、本当に効果があるのかいかがわしい漢方もたくさん試した。
でも結果論ではあるけれど、それらは無駄だった。であるなら、余命が少ないことを知り、受け止め、その余命をもっと闘うこと以外の心休まる時間にできなかっただろうか、と思ってしまうのである。
これは、極めて個人的な話で、私にしか当てはまらない。決してみんながそうだと普遍したくはない。いろいろなケースがあるのだから。
そして、みなさんにも、私の個人的な話だということと、同時に、私にとって大切な話だということを理解して欲しい。

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2005/01/12

禁煙122日 禁煙4ヶ月の祈り

12日、私の4回目のタバコ月命日がやってきた。
遅ればせながら、人は一人では生きてはいけない、ということを悟るようになった。
禁煙が4ヶ月も続くなんて、私一人の力ではどうにもならないことだった。
今までは、結構、自分が力をつければいろいろなことがどうにかなるものなんだと信じていた。これは本当に思い上がりだった。いろいろなことは、自分の意思とは無関係に動いていく。それを思うようにならないと嘆くのは思い上がりだった。自分ひとりの力に頼るのはあまりにも孤独だ。
だから、自分に力をつけることも重要だが、人との助け合いがさらに重要に思えてくるようになった。それも助けることにけちけちしていてはいけない。助けられることを求めてもいけない。ただ、どうにかならないかな、どうにかしてください、と祈ること、自分にできることはただそれだけだと思えてくる。
そこには、無力な自分と祈りがあるだけだ。それで十分だと思う。祈ってしまったら、もう、自分や人へのいろいろな要求は鎮まってくれる。そうしたら、なんだか身軽に動けるような気がしてくる。自分が自分の中のしがらみから自由になれるような気がしてくる。そこが出発点となって助け合いが生まれるのだと思う。
そんなことを電車の中でぼんやり考えながら仕事に行った。ぼんやりと考えている時に頭をかけめぐっていたのは、みなさんへの感謝の気持ちだった。一人一人の顔(アイコン?笑)が浮かんできた。浮かぶたびに幸せな気分になっていった。みんなは私の宝石のようだ。本当にありがとう。助けるなんて思ってもいないでたくさん私を助けてくれたみなさん、みなさんの幸を心からお祈りしています。
さようなら…
じゃないって!!
みなさん、先はどうやら長そうなので、引き続き、ののを見守ってくださいね。

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2005/01/11

禁煙121日 禁煙の鎖

今日から講師の仕事が始まった。
朝が早いのがとても辛い。なのに、教科書を学校に忘れてきたせいで、授業準備のため始業時間より1時間も早く着くことを目指さねばならなくなった。
今日は障害者校だったが、この学校は国分寺の先にある。吉祥寺、国分寺を経由するが、「寺」がつくごとに気温が下がる。それが知識ではなく肌で感じられる、ところがまた辛い。さぶーいのだ、すごく。
朝から教科書にがっついて、ひたすらに授業の準備をする。あっという間に始業時間だ。しかし、始業時間に鳴るのはチャイムではなくラジオ体操の曲。そう、このさぶい中、ラジオ体操から始まるのだ。
しぶしぶ、でも一応サービス業だから笑顔をつくって、外に出る。生徒さんや先生方と年始の挨拶をかわす。
そこで久しぶりに、ある女性の先生に会った。4ヶ月ぶりぐらいだ。そう、タバコを止めてから会っていない、喫煙所仲間の先生だった。
年始の挨拶とともに、お久しぶりですーーということになり、タバコ止めたんですーーと思い切って言ってみた。なぜ思い切らなければならないかというと、この学校では、以前3週間禁煙したとき、言いふらした上に挫折をして気まずい思いをした前科があるからだった。
その先生はそのことを知らなかったので、言ってみた。そしたら、すごく食いつかれた。「私もやめたいのよーーー」「ガムとかなんかやったの?」「どうやって禁煙したの?」
ラジオ体操はそっちのけで、話は弾む。「最初は禁煙教室に行きましたー」「そのあと継続できたのは、幻覚症状掲示板のおかげなんです~」「みんなで励ましあってるんですよ~」
その先生はやっぱり言った。「私、意思がとても弱いのよね~」「人よりニコチン中毒みたい」って。私も、そして掲示板に来る誰しもが、最初に言う言葉。これを聞くと切なくなる。あなただけじゃない。あなたが人よりダメなのではない。
「みんなおんなじこと言ってますよー」「一度掲示板のぞいてみてください」
その先生は結構(いい意味で)けだるい感じの先生だが、その時は目を輝かして「うん、みてみるー」って言ってた。
禁煙の連鎖ってあるといいなぁ。

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2005/01/08

禁煙118日 禁煙太り注意報

禁煙65日に禁煙してやせてきたなんていう記事を書いている場合ではなくなってきた。
確かに喫煙してタバコのお口直しの甘いものに目覚めてしまい太った。で、禁煙してお口を直す必要がなくなったので、甘いものも食べなくなりやせてきた、はずだった…。
でも最近、ご飯がおいしい。味覚が戻ったのもあるが、食後の一服をしたい一心で食べていた時より、落ち着いて味わえるようになったのが大きい。喫煙していた頃は、食事は適当に済ませ、早くタバコ、タバコ。タバコがメインディッシュのようなものだった。
それから比べたら、落ち着いて食事できるのはとても健全なはず。それが最近、落ち着きすぎて、なにもかも残さずたくさん食べてしまうようになってしまった。
s-IMG_0579 以前はスープまで全部は飲めなかった。っていうかそれが普通なのだろう。それがこの、こってりラーメンを、スープまで全部飲み干してしまった。だって高菜のピリ辛がきいたスープ、おいしいんだもん。
食べた後、とても満腹で満足。でもそのあと、家路についたときの体の重さ、罪悪感…。
彼氏君は、私が太るのを極度に恐れている。「じゃぁ、やっぱりまたタバコ吸った方がいいかな?」なんて冗談で言ったら、それも嫌だという。男はわがままだ…って私がわがままなのか。
太ると困るのは、洋服が入らないこと、もあるけど、やっぱり健康ですよね。このままだと生活習慣病へまっしぐらだ。禁煙教室のドクターも言ってたけど、禁煙とは必ずセットで、「賢く食べる」ことが必要だそうだ。太ってまた喫煙者に戻ることも多くて、決してこのことはおろそかなにできない。「穀菜果」(コクサイカ)をバランスよく、特に野菜を中心に食べることが、賢い食べ方だそうだ。お肉などは、一日にテレカ一枚分の大きさを食べれば十分らしい。
賢く食べよう。
でもラーメンは好き…。

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2004/12/31

みなさん、ありがとう

今年が本当にもう終わる。
東京は大雪です。

昨日、禁煙したことが今年のマイビッグニュースだと言った。
禁煙して得たものが大きかったから。

その得たものの最大のものは、これを今読んでくださっているみなさんです。
禁煙してなかったら、HP立ててなかったら、出会えなかった人にたくさん出会えた。
そして、たくさん支えてもらった。

本当にみなさんありがとうございました。

新年が皆様にとって、幸多き日々となりますように。
たくさんの幸福が、この雪のように、降って舞って積もっていくような、そんな一年でありますように、お祈りしています。

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2004/12/30

禁煙109日 今年を振り返って

今年も残すところ本当にわずかとなってしまった。もうちょっと今年のままでいたかったけれど。

今年のマイビッグニュースはやはり禁煙。

全く期待しないで行った禁煙教室、たまたま教えてもらった禁煙掲示板、偶然に偶然を重ねてほぼ奇跡のように、禁煙のまま年を越せそうです、おかげさまで。
その間いろいろ考えさせられたり、また違った角度から物事が見れるようになったりして、嬉しかったり辛かったりいろいろだった。

そうして、最近よく思うのが、喫煙者だったことも悪くなかったな、と。
タバコと縁のなかった時には分からなかった、喫煙者であることの苦しみや悩みや寂しさや弱みを知ることができたから。自分の暗の部分をみつめることができたから。

タバコに自分の一番弱いところを握られていたとつくづく思う。だから縁を切ろうとするのがこれほどまで辛かった。けれど、タバコを吸っていたから、そういう自分の一番弱いところを見つめられたのだと思う。
一時期は、辛さのあまり、なんでタバコなんかに手を出したんだろうととても悔しがったり、タバコを吸っている人を否定する目で見ることで、タバコと縁を切ろうとしていた。それはそれで仕方なかったと思う。禁煙にはそこまでタバコを拒絶する心の力が必要だった。
でも、喫煙者だったから分かったり気づいたり得たりすることがとても多くて、なんだかそういう自分を責めるよりむしろ、感謝しなきゃ罰が当たりそうな気までしてくるのだ。自分が思ったより弱い人間であり、同時に、思ったより強い人間であることを知った。

支離滅裂だが、そんな実り多き日々の中で、今年を終えられることを、とても感謝しています。

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2004/12/29

禁煙107日 ど根性

禁煙セラピーにも書いてあったが、我慢我慢の禁煙、私はど根性の禁煙と呼ぶが、それでは続かないのかな、と思う。辛いものはやはり続かないし、続かなかった時のショックも大きい。
人それぞれでいいと思うが、私は昔から、根性論は好きになれなかった。とかく根性論に走りがちだった中学の時の運動部には入部しなかった。区の運動大会にも中学の代表として選ばれたことがあったが辞退した。それは中1の時で、選ばれたからといってどうせ補欠にしかならないことは明らかで、誰にも迷惑もかけなかったから。
そんな私が、司法試験だけはまるで人が変わったみたいに、ど根性でやるようになった。自分にムリを強いた。成績は良くなったが、それは自分ではなく自分以上のものだった。だから、とても疲れ果てた。
司法試験をやめた後、疲れ果てていたにもかかわらず、がんばることをやめなかった。疲れ果てていたから、がんばるにはタバコが必要だったのかもしれない。
それからは、がんばって根性で禁煙しようとした。けどやっぱりムリだった。それが、何気なくやった禁煙が今でも続いている。
今、やっぱりど根性は私には性に合わないと思う。ど根性で物事をやると私の場合、自分が自分ではなくなってしまう気がする。力を抜いて、自分のいるべきところにいるのが一番なのかな、と思う。

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2004/12/25

禁煙104日 砂時計

今日もとにかく寝て、楽しむことに気を向けつつ、少し頭を整理する一日だった。喫煙欲求はなかった。
本当に禁煙の継続は、ストレスとうまく付き合うということの裏返しなのだと、強く思う。
でも不思議だ。司法試験の勉強していたときだって、ものすごい競争社会にいて、ものすごいプレッシャーとの戦いの日々だったのに、タバコは吸っていなかった。あの頃どうやってストレスと付き合っていただろう。
そういえば、ストレスでどうしようもなくなると、いろいろなものをシャットダウンして、大学に一人で行っていた。多摩の大自然の、そして思い出深い、母校にこもった。勉強はどうしても毎日少しでもやらなければならなかったので、勉強から逃れることはできなかったが、未来に対する不安や、いろいろな競争意識の渦からは逃れることができた。未来だとか、周りの受験生のこととかをシャットダウンできたからだ。そうして自分のやるべきことに集中力を取り戻していったように思う。自分のやるべきことに集中しているときにストレスはなくなっていた。
その時、ある本で読んだ、一つの好きなイメージがあった。人生を砂時計と考えてみる。砂は一定の速度でくびれた部分を通過していく。自分はただそれを見ているしかない。焦って、たたいたり振ったりしたら、砂が止まってしまうし、壊れてしまうかもしれない。だから余計な手出しをせずに、ただ砂が通過するままに放っておくのがいい。一日にやれることは限られている。だから砂が落ちていくように、それを淡々とこなしていくしかないんだ、と、つらい時自分に言い聞かせていた。こうやると、いろいろな心の喧騒から逃れられたような気がした。
この砂時計の例えは、今でも大好きだ。ただ砂が通過するままに放っておく、ただそれを見守る、これはなかなかできそうでできないことだと思う。自分の砂時計や他人の砂時計をこうやって見守ることはその人生に愛情がなければできないことだと思う。自分に対しても他人に対しても、こういう愛情に満ちた目線をいつでも持てたらいいなぁと思う。

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2004/12/23

禁煙102日 吸いたい

つい2日前に100日の喜びを書いた直後なのに、何故なんだろう、吸いたい。
今までも吸いたいと思うときは、ちょこちょこあった。でも、こんなに吸いたいのは、禁煙6日目にやってきたビッグウェーブ以来のことだ。その時以外は、睡眠障害にも禁煙鬱にもならず、目立った禁断症状を感じずにここまでやってきていたのに。
吸いたいなぁ、となんとなく思っているのではない。後で買おうとまで思ってしまったのだ。結構、切羽詰まってしまった。どちらかというと暗めな気分なのだ。
今日はうちで、彼氏君とクリスマスのお祝いをした。お菓子をたくさん買ってきて、テレビを見たり、おしゃべりしたり、昼寝したり、楽しい一日だった。のに、なぜなんだか、吸いたくなってしまったのだ。
思い当たる節としては、やはり年明けからの新しい仕事について気分が重いということだろうか。でも何故こんなに楽しくて幸福なはずのこの時に、こんなに吸いたいんだろう…。
彼氏君の必死の説得で、今日はなんとか乗り越えられた。吸いたくなったらとにかく寝る、というのが今までのポリシーなので、今日はもう寝ます。明日のことはまた明日考えます。

(関係ないですけど、年末年始、いろいろお付き合いもある関係で、日記休みがちになるかと思いますが、ご了承くださいませ。)

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2004/12/22

禁煙101日 オレンジ色な一日

今日はとにかく寝た。私はいくらでも眠れる体質なので、寝ようと決めた日にはエンエンと眠り続けるのだ。
起きたのは一応昼頃だが、また寝て、再復活したのは夕方だった。まだ寝ていたかったのだが、今日はドラマ「オレンジデイズ」の再放送をみると決めていたので、無理やりに起きた。
大学生の青春ドラマ。う~ん、いい。これを見ると、大学時代のことを思い出す。学生の頃は私も主役の柴崎コウばりに、わがままだった。嫌いなものは嫌いと言い、嫌なことはしなかったというかせずに済んだし、好きなことに貪欲だった。うん?ここまで書いてきて、あまり今と変わってないななんて…。いや、あの頃はもっとズバズバとものを言っていたような気がするし、価値観もちょっと今と違ったと思う。人を変えられると思っていたかもしれない。
その当時の彼氏にタバコやめさせた覚えがある。その頃タバコの煙が大嫌いで、彼氏がタバコ吸い始めると、有無を言わさずタバコの火をもみ消してた。その彼はとてもプラス思考だったので、おかげでやめられたよーーなんて感謝されちゃったりして…。本当に学生の頃はやりたい放題、言いたい放題だった。
社会人になるとそんなわけにはいかない。そういう風にして何かひずみがでてきた場合、全部自分に返ってきてしまう。若い時はそんなのも跳ね飛ばすパワーがあったけど、もうそんなの全部受け止めるパワーなんてない。だから、できるだけ自分が傷つかぬように、注意深く振舞うようになったのだ。
そんなことを考えて、一抹の寂しさを感じながら、西日でオレンジ色に染まった部屋で、ドラマをみていた。そんな一日。

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2004/12/19

禁煙98日 緑茶

禁煙して味覚、嗅覚が戻ってきたことで、お茶が昔のようにおいしく飲めるようになった。
タバコを吸っていた時は、とにかく喉が乾いた。それで緑茶を、がぼがぼと飲んでいたのだが、味なんていっこうにお構いなし。それを察知した母は、とても安~いお茶を私に渡すようになった。私もそれで不満などなかった。
しかし、禁煙してからは昔のように味にこだわるようになり、いただきものの高級緑茶を飲んでいた。が、母からそんなに飲んでしまうなとのクレームを受け、お茶を探さねばならなくなった。と、ちょうどいいことに母が口コミで、近くにおいしいお茶を売っているところがあるとのことで、早速手に入れた。
値段は私が描いていたのより、安め。大丈夫だろうか、と半信半疑で飲んでみたら、すごくおいしいのだ、これが。お茶の味は値段に比例するとの定説の見事なまでの例外だった。
『農家呑茶』という名前のお茶で、静岡で生産家が飲むために作られたお茶だそうだ。粉茶、茎茶などの分別作業をせずに作られているので、ローコストでワンランク上の味が味わえるというわけだ。
こういうお茶を飲むと、お茶に限らず、生産家、もちろん漁師さんや農家さんも、とても豊かな生活をしているんだなぁ、と思う。その場で、自分の手で得たものを豪快に食べられるというのは、どんなに得がたい幸福の時だろう。粉茶だかなんだか選別しないで、とってきた「お茶」をそのままに味わう、これこそ本当の「お茶」なんだなぁと思って、感謝しつつ飲ませていただきます。
本当にそれほどまでにこのお茶は感動ものだった。

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2004/12/18

禁煙97日 スモーカーズフェイス

昨日、人間観察が近頃の趣味であると言った。いろいろな人の顔を見るようになり、スモーカーズフェイスが気になり始めた。
昨日はとても魅力的な女の子をみた。スタバでだったのでタバコを吸わないことはまずは明らかだった。顔つきも地味だがきれいだ。服装には、その子の地味なんだけれど流行に惑わされず、遊び心を忘れない趣味というのが密かに漂っている感じだった。この辺は私も女子高出身なので、するどく観察してしまう。
店内に入ってきて、お菓子の並んでいるガラスケースの中を、密かに目を輝かしてみている。コーヒー選びも丁寧にメニューをみて選んでいた。私なんかいつも、「本日のコーヒー、ショートで」で終わりでメニューもろくに見たことなかったので、今度からはいろいろ冒険してみようと思った。
とにかく、この子の、内に秘めた好奇心あふれる眼差しがとても魅力的だった。
さて、人を顔だけで判断することは間違いだとは思う。だけれど、顔や表情には、その人の人生がある程度表れてしまう、と思うのだ。喫煙者独特の顔を指して、スモーカーズフェイスとよく言われる。しわの目立ち方、顔色なども当然のことだが、表情も喫煙者独特なものがあると思う。やはり、魂をタバコに売っている人の表情は冴えない。目がうつろで濁っている。いろいろ経験してきたけど、人生なんてそんなに面白いことないよ的に、変に悟った表情になる。これはかつての私の表情そのものだ。
今どういう表情をしているだろうか。タバコをやめて3ヶ月ちょっとで、スモーカーズフェイスがきれいさっぱりなくなった、なんてことはないだろう。けれど、少しずつ人生を取り戻していっているその速度で、表情も豊かなものになっていければいいなぁと思う。

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2004/12/17

禁煙96日 見えていなかった朝の情景

私の勤めている学校の沿線に、小学校から大学までの一貫教育の学校がある。
この間、朝、電車で前に座ったのは、その学校の生徒達だった。高校生の男の子達に紛れて、小学校1年生ぐらいの坊やもいる。小学生同士、高校生同士、で分かれているのではなく、混じっているのだ。
高校生の男の子達は、あまり今時ではない、にきびを顔にいっぱいつくった素朴な子達。混じっている小学生も昔いたような素朴な坊や。
同じ学校の知り合いが前を通っていく。高校生達はあいさつ、というものでもなく、軽く会釈をして、それから、坊やの頭をポンとしていく。
この情景がなんともほほえましくて、幸せな朝になった。
朝、喫煙時代は特に喫煙欲が高く、結構長距離通勤のこの最後のあたりでは、学校へ着いたらタバコを吸おう、吸いたい、で頭が一杯だったような気がする。きっとこのような情景は毎朝繰り返されていたはずなのに、なんだか、見えていなかったようだ。
禁煙するといろいろなものが見えてくるものなんだなぁと思う。人間観察が最近の趣味になった。

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2004/12/16

禁煙95日 裏声と地声

今まで、季節感ゼロだったことを反省し、クリスマスまでのたった1週間ですが、クリスマスバージョンにしましたーー。上のサンタ、何かが足りない。そう、ここまでサンタを乗せてきた、トナカイ君が逃げちゃったのです。このページ内にいるはずだから、探してみてね~。

さて、この間、テレビに米良美一さんが出ていた。そう、あのもののけ姫の歌を歌っていた、カウンターテナー、つまり、裏声で歌う男性シンガーだ。数曲歌ったが、かなり感動した。そしてトークもおもしろかった。彼の話によれば、カウンターテナーというのは、裏声を鍛え、さらに地声と裏声の境目をなめらかにする訓練をするそうだ。
そういう訓練、私もしたい!と思った。カラオケに行くと、裏声と地声の境目あたりの音域の曲に悩まされる。あの境目あたりほど、自分を歯がゆいと思う瞬間はない。コーラス部だったときも、その境界線上の声を出すのが大変なので、裏声一辺倒のソプラノに陣取っていた。
歌のように、普段の生活でも自分をこういうふうに、歯がゆいと思うことが沢山ある。
自分の「声」にあたる、もともとの「性格」があったとして、それを日々の生活で表現していく時、裏声にあたる表というか良い子の部分、と、地声にあたる、裏というか悪い子またはそれに憧れる自分の両面があると思う。この両方をいいバランスで、しかも境目を滑らかに、飄々といけたらどんなにいいだろうと思う。実際には、私は自分の中のいい子の面との境目をうまく埋められなくて、いきなり、悪い子の表現でタバコに手を出したのだと思う。
タバコを吸わなくなった今、やはり、裏声と地声の境目のあたりで、よろよろとしている自分がいる。この境目を滑らかにするには、きっとある程度の訓練と言うか経験の積み重ねが必要なのかもしれない。あとは、歌でもそうだったが、自分の声の質をよく知っていることが必要だ。
でも、自分ほどわからない存在はないと頭を抱える、今日この頃なのである。

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2004/12/15

禁煙94日 禁煙で出会えた笑顔

私の生徒にMさんという人がいる。40代半ばの男性。Mさんは脳梗塞で半身が不自由だ。杖でゆっくりゆっくり歩く。何をやるのもゆっくりゆっくり。でもいつも、ニコっというかニヤっというか、独特の笑顔を浮かべている。その笑顔で、なんともおかしみのある話をする。
だから、Mさんはクラスメイトにとても大切にされている。MさんのペースでMさんと一緒に教室を移動する。自分も足が不自由な人がMさんのカバンを持ってあげる。
しかし、当初、入校選考でMさんを合格させるかどうかについては、上司の間でとても議論になったようだ。ペーパーテストの成績が思わしくなかった。あまり授業についていけないようだと、その人自身がかわいそうなことになる。だから、本来だったら不合格のはずだった。そこを私の上司が面接をやった感触から、入れたい、自分が面倒をみるから、といって合格にしたらしいのだ。
上司は人を見る目があった。Mさんは今や、クラスメイトの熱い支持を受けて、学級委員長もやっている。
そんなMさん、先生という立場からすると、正直大変に思うときもある。脳の方にも問題があるらしく、見本どおりの文章をうつことも困難だ。彼専用にもう一人先生がいたらいいなぁ、と思うときもあった。
でも、どうしても憎めない、おかしみのある人なのだ。教えていてイライラしてこないのだ。彼のペースにのまれて、しかもそれが心地よかったりする。
そんなMさん、私がタバコをやめたことにいち早く気づいた。
「(ニヤリ)、先生(ニヤリ)、最近タバコ吸ってないでしょ(ニヤリ)」
この「ニヤリ」は禁煙してからの私の宝物の一つになった。

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2004/12/14

禁煙93日 自分で決める

昨日、今日とair兄とコメント欄で話し合ったのだが、喫煙者時代「タバコやめろ」って言われるととてもむかついた覚えが強い。その人は私の体を心配して言ってくれてるのは分かる。でも、申し訳ないが余計なお世話なのだ。禁煙という正義をふりかざして、あなたのこと思っているのです的態度で、おしつけがましく上から言われるのが嫌だったのだと思う。禁煙は自分の意思できめること、人から言われてやるものではない。
なんでもそうだと思う。だから、いつも気をつけているのは、人の意思をできるかぎり尊重していきたいということ。その人の事情とか個性とかがある、それを大切にしていって欲しい。だからそれに口を出すことは、相当の何かがない限り、私の中で大罪なのだ。
小学校から高校まで、学級委員や合唱コンクール指揮者をやって、みんなを統率していく仕事をしてきた。これは、その中で学んだことなのだが、命令したら人は動かない、動いたとしても必ずどこかにひずみがでて、うまくいかない。透明な存在でいることが必要だった。
彼氏君もそういう人なのだ。人に口出ししない。だから、禁煙しろと言ったことはない。言われてたら、今頃禁煙できていなかったのじゃないかと思う。とても感謝している。
で、人に禁煙しろとは言えないとして、どうやったらその人自身が自ら禁煙する気になれるのかという問題がでてくる。多くの人が、多かれ少なかれ禁煙したいと思っていると思う。それを実現するきっかけをはたして、禁煙しろと言う以外に、作れることができるのか、この問題は難しすぎてまだ全然わからない。

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2004/12/13

禁煙92日 恐れ

禁煙掲示板を見ていて最近思うのは、禁煙始めることや、喫煙しそうな場面を初めて乗り越える時なんかは、結構勇気が必要なんだな、ということ。みんな恐れを抱くんだなぁと。
かくいう私も、禁煙始めるときは、結構怖かった。何回か挫折していたので、また挫折するんじゃないか、自分に裏切られるんじゃないか、と恐れていたのを思い出す。禁煙開始後、初めて学校の仕事に行く時も怖かった。初めて喫煙者の友達と会うのも怖かった。
大げさかもしれないが、何か崖っぷちにやっとつかまっていて、そこから落ちたらどんなに大怪我をするだろう、というような心境。でも実際手を離してみると、地面は意外と近かったし、とても気持ちのいい芝生に降り立ったりするものだった。
だから、恐れを克服する方法は、やってみないとダメだ、と思う。まず、手を離してみないと。それで、死ぬわけじゃない。タバコにつかまっている方が、よほど死ぬ確率が高いのだから…
今日、新しい仕事の打ち合わせに行ってきて、少なからず、大丈夫だろうか、できるだろうかという恐れを感じている。でもこれも、禁煙して学んだように、まず、手を離してみようと思う。どんな地面が待っているかわからないが、まず降り立ってみよう。

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2004/12/12

禁煙91日 禁煙ちょうど3ヶ月

おかげさまで、今日で禁煙3ヶ月です。
9月12日からスタートしたので、毎月12日は私のタバコ命日です。
とはいえ、今日もタバコのことを考えない日です。考える日もあります、もちろん。でもそれは、とても微かで、何かが物足りないような、でもまぁいいや的に通り過ぎていく感情の一つにすぎなくなりました。吸いたいと思ったときなんかは、よっしゃー、これで今日の日記ネタげっとーーなんて思ったりする罰当たりののです。
そう、なのでタバコネタはほぼ底を尽いているのですが、相変わらず禁煙にしがみついているのはなぜかといいますと、やっぱり、禁煙って、私にとって、人生を振り返るきっかけだったのです。人生を前向きに方向転換するきっかけだった。だから、続く限り、禁煙という角度から人生のこと考えたいなぁ、それで、人生のかじをできるだけ前向きにとっていきたいなぁ、と思っているのです。あくまで、続く限りですが…
その結果、誰かの禁煙の手助けになれたなら、これはものすごく嬉しいです。これは目的にはあえてしないことにしています。誰かの禁煙を手助けするために書いている、なんてすごいことはまだ全然言えません、というか一生言えません。あくまで、自分の毎日考えたことををつづってそれが人の琴線に触れたならばいいなぁ、と思うだけです。結果ではなく行為、過程に価値を見出したいのです。
こんな偉そうなこと言ってますけど、読んでくださる方がいなかったら、このブログ続いてません、確実に。みなさん、これからもよろしくです。
3ヶ月記念に(?!)デザインをまた、元に戻しました。くじらさんも別れづらかったのですが、どうしても、サイドバーの領域が足りなくて…。

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2004/12/11

禁煙90日 効果は徐々に

この間、80日だと思ったら、もう90日。このごろ時間がとても早く過ぎるような気がする。やはり師走だ。

昨日も書いたが、私は物事があまり長続きしない傾向があった。最近悟ったのだが、物事を長続きさせるためのコツは、効果を焦らないということが一つあると思う。
禁煙では、最初の1週間をクリアしたとき、がっかりした。いいことがそんなに起こらなかったから。もっと輝かしい何かが起こると期待していたのだ。運良く、その後も続けることができたが、こういうところで諦めていってしまう人が多いのではないかと思う。
仕事でもそう、がんばったら、すぐに認められたいと思う。夢を追いかけて努力している時も同じ。だから、裏切られるとがっかりする。すぐに投げ出す。
でも実際には、もうちょっと、腰を落ち着けて、様子をみなければならないと思う。
種は一生懸命土を耕して、蒔いたからといって、すぐに花を咲かせるわけではない。じっくりと土の中で眠っている時間がある。芽を出して成長していく過程もある。それを気長に待てる人だけが、花をみることができる。
我々は、とても忙しい世の中にいる。時間の感覚がちょっと忙しすぎてしまうことがある。でも実際には、物事は、ゆっくりと、そして大きく動いていくものだと思う。この流れを感じることができれば、物事を続けていく力になるのかなぁ、と思う。
だから最近、「効果は徐々に」と自分に言い聞かせている。

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2004/12/09

禁煙88日 ココログと私

は~い、また、がらっとデザインを変えてみましたー。niftyが今日から、こういうイラストのデザインも提供してくれることになったみたいです。ので、早速。このデザインの名は「森のくじら」です。森にくじらさんが優雅に泳いでいるのっていいなぁ、と思いまして。これからも新デザイン続々出てくるみたいなので、いろいろ変えていきたいと思いま~す。
今日は「ココログと私」というお題で書いてみたいと思います。なんだか、niftyのブログ「ココログ」が一周年記念ということで、このお題でトラックバックを募集しているようなのです。

私がHPを立ち上げたのは、禁煙日記をつけるため。禁煙していると、辛いので、日々いろいろ考えることが多くなり、どうせならそれを文章にして残しておこうと思ったわけです。それを公開することにより、ひょっとして誰かのお役にも立てるかもしれないし。
それで、紆余曲折はあったにしろ、日記となるとブログが便利ということで、もともと所属していたniftyのココログを選んだわけです。
かくして、日記がスタートした。記録によれば10月28日から始まっている。え~?って今自分でも驚いてます。1ヶ月をゆうにこえている…。こんなに日記が続いたことが、のの史上あっただろうか!いつも3日しか続かなかったじゃないか!
なぜこんなに続いているのか。思い返せば、最初の頃は、ラクだった。なぁんにも考えずに書けた。なぜなら禁煙ネタが自分の中に豊富にあったから。でも、だんだんネタも切れ、少し欲が出てきた時もあった。書くことがない時も書いた。書きたくない時も書いた。なぜか、どうしても、これだけは続けたかったのです。
でも、続けてきてよかったと思っている。心底。嬉しいコメントもいただけるようになった。何より、この日記を書く時間は私にとって、聖なる時間となっている。普段、てきとーに生きているので、自分に問いかけて考えるこの時間は、生活の中で必要なものになっている。
ココログ、ありがとう。読んでくださっているみなさんもありがとう。これからも、多分、書き続けます。

って、大ショーーーーーーック!!今トラックバックしようと思ったら、もうお題が変わってた…
でも書いてしまったから、今日はこれをUPします(しょぼーーん)

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2004/12/08

禁煙87日 禁煙の不安も力にかえて

今日は、例によって、箱根駅伝ばりにヘトヘトで、家にゴールしたと思ったら、ビッグニュースが舞い込んできた。といっても個人的なニュースなのでみなさんには退屈かもしれないけど、きいてください。
ずばり仕事の依頼です。パソコンインストラクターの方の。
ここのところが、ちょっと複雑なので説明が必要なのですが、まず、私は東京都の産業労働局というところの所属です。そこの非常勤の公務員ということです。とかいって、都庁の産業労働局なんて行ったことないのですが…。
それで、メインで障害者校で講師をやっています。でも、他の一般校もかけもちしていて(仮にA校とする)、そこで二つの科を教えていました。障害者校もそうなんですが、一つの学校にもいろいろな科があるのです。ビジネス系の科とかアパレル系だとか。
そのA校から電話があり、1月から、もう一つ、違う科で教えてほしいということでした。私は講師の仕事がとても好きなので、行政書士の仕事をけずっても講師の仕事やりたいのです。だから、もう悩みなし!二つ返事でお受けしました。
東京都の講師は年齢層が高いのです。ある程度のキャリアバリバリの人、そこから引退してきた人など、そうそうたる先生がいます。そこで、私が講師になった当初は結構、風当たりがありました。若いのであまり講師として認知してもらえずでした。でも経験を重ねて、一生懸命やってきたことが、こうやって声をかけてもらうまでに認められてきたというのが、とても嬉しいのです。
もちろん、かなりプレッシャーは感じています。正直、禁煙大丈夫かなぁ、なんて不安まであります。でも新しいことをする時って、どんなベテランでもプレッシャーはつきものですよね。だから是非ともこのプレッシャーをよい方向に向けてまたがんばっていきたいと思います。

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2004/12/07

禁煙86日 ばかのススメ

以前、禁煙掲示板の有名人、まじめいっぽんやりさんが、禁煙継続のコツとして、「ばかになることだ」と言い切ったことがあります。その文章の全文は、「ことだま」というページに貼り付けてあるのでご参照ください。
これは、その時も、結構、開眼ものだと思っていた。
でも、この言葉、最近じわじわと、実感として感じるようになってきた。特に仕事で。
今までの私は、パソコンインストラクターの仕事に生きがいを感じつつも、いつもとてもプレッシャーを感じていた。「先生なんだから、プロなんだから、パーフェクトでなければいけない」
だから、仕事の前日はとてもイライラして、追い詰められた気持ちになるし、夜も眠れない、仕事の日の授業までの時間もとても緊張してイライラする、結果、タバコをばかすか吸う。
こういうふうに、仕事の重圧がタバコを吸うことに、かなりの割合で結びついていた。
それが、最近(今日も)タバコに結びつくべく、重圧を感じない。
最近「ばか」になってきた気がする。あんまり、先のことを悩まないのだ。でも決して手を抜いているわけでは