« 2005年2月 | トップページ | 2005年4月 »

2005/03/28

禁煙197日 心は伝わる

今日は冷たい春雨。
仕事も休みなので、考えることは、この間の障害者校の修了の日のこと。
3日前、障害者校では無事に修了式がとりおこなわれた。
修了式の後、うちのクラスのお別れ会が5時間にわたって、行われた。みんなと、これで会えなくなるわけじゃないし、いたって元気にわいわいとやっていたのだが…。
最初の方に、誰かが「なごり雪」をカラオケで歌った。この曲が大好きだったのだが、切ない歌詞に思わずのっけから涙がとまらない。
上司である担任が仕事を終えて、会場に到着した。担任から一言、という段になって、担任が一年を振り返る。そして最後に一人ずつの名前を呼んで、声をかける。もう、ここでどうやって我慢しろというのかと思うほどに、涙がとまらない。これを書きながらも涙が止まらない。講師が3名出席していたのだが、先生から一言、と言われ、泣きながらみんなにありがとうと言った。
生徒も一人ずつ話し始める。みんなも涙がとまらない。本当にがんばったのだ。担任と一緒に、みんな一人一人がいいクラスにする努力をしたから、流れる涙だった。
聴覚障害のまだ19歳の女の子も話し始めた。最年少なので、最初はさぞかし不安だったに違いない。でもとても素直でいい子だからみんなにとてもかわいがられていた。
「私はみんなの言っていることが半分も分からないけど、心は伝わってきた」と言って、はらはら泣いた。
言葉は伝わらないことがたくさんある。でも心は、受け手が心を傾ければいつでも伝わるものなのかもしれない。
先生という立場だったけれど、本当にみんなにはかわいがってもらった。教えられることばかりで、教えたことがあまりにも少なかった。いつか、もっとがんばって、もっと役に立てる先生になりたい。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2005/03/27

禁煙196日 メール活動

最近、携帯のメル友が一気にたくさんできた。
もともと、携帯メールはほとんどやらなかったのだが、仕事の休み時間とかにコミュニケーションがとれて楽しいものだ。
携帯メールをやらなかった理由の一つに、私の携帯の大きさがあった。手のひらにすっぽり隠れるほどの大きさしかなく、メールが打ちにくいのと、画面も小さいので、字が見えにくい。ちょっとメール書くだけで、大仕事をこなすみたいに疲れてしまう。自然、メール内容も短く淡白、ただの事務連絡ぐらいにしか使えなかった。
それで、ついに耐えきれなくなり、彼氏君と一緒にこの間、携帯を買い替えましたーーぱちぱちぱち!
これで一気にメール活動が活発になり、まずは、全国各地のネット仲間と、それから、おととい修了した元生徒達数人とメル友になり、今日のけだるい休日に楽しくメール活動に励んでいるのです。
ちなみに、彼氏君とはメールはあまりしない。電話で直接話します。休みの日ともなると、10回近く電話してるんじゃないかな…。理由は、彼氏君のメールは淡白すぎて、あとが続かない、一番メールするのに適さないメールだからです。
彼氏君、もうちょっと書こうよ。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2005/03/24

禁煙193日 生きること、それが夢そのもの

ここのところ日記が滞ってしまって失礼しました。
あのオフ会のあとの昨日までの2日間は仕事がちょっとハードだったのです。
ついに障害者校の今年度全ての授業が昨日終了した。自己PRプレゼンテーションを制作し、昨日発表したのだった。発表は隣のクラスがみにくるというし、授業の最後を飾る一大イベントだったので、それを指導してきた私には必然的にかなりのプレッシャーが…。それが無事に終わったと思ったら、今度は卒業文集の制作だ。その間に職員からもパソについての相談を受けていたり…。目が回るようだった。
その、自己PRプレゼンの中で、ある生徒がこんなことを言っていた。
「生きること、それが夢そのもの」。
私自身、つい最近知り合いが自殺未遂をしたということを知ったり、最近「死にたい」という言葉がよく聞かれるので、この言葉が頭を離れなくなった。
他の生徒さんでも、プレゼンの中で、死にたいという時期はあったけれどよくよく考えてみたら、やっぱり生きたかった、と語った。
うちの学校では、本当に死にそうになった人がたくさんいる。本当に死にそうになったとき、本当の自分の気持ち、「生きたい」という気持ちに気づくのかもしれない。
私も死にたいと思ったことはあった。自分なりには追い詰められて、そう思っていたと思う。でも、その時、本当に死ぬということがどんなことか、想像してみた。幸い、死ぬということがどんなことかをわりとうまく想像することができた。言葉にはあらわせないのだが感覚と恐怖として。
それでその時、自分は本当は死にたいのではなく、人生をリセットしたいだけなのだと悟った。リセットして「生きたい」のだった。死ぬっていうことはリセットするために選ぶべきような簡単なことではないことを感じた。
死にたいという心境から逃れられなくて、辛い日々を送っている人はたくさんいると思う。でもそういう時、思い出してほしい。生きたくても生きられなかった人のことを、生きることそのものが夢、だと言っている人がいるということを。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2005/03/21

禁煙190日 オフ会

s-IMG_0641今気づいたけど、今日は禁煙190日というキリのいい日だったのだなぁ。
そんな日にふさわしい日だった。こんな日がくるなんて、感無量だったのだが、私が禁煙掲示板にお世話になった6ヶ月の間にできた、かけがえのない仲間とのオフ会だったのだ。その名も「まちぼののの会(kai)」である。これにのの彼を加えて、東京近辺組、5人が集まった。
とにかくドキドキもの。約束より30分も前に着いて彼氏君と興奮気味に、じりじり待つ…でもみんなも同じだったのだろう、約束よりも早くに全員集まった。
とても複雑すぎる気分。普段ネットでお話たくさんしてきた仲なんだけれど、初対面だもの。どうすればいいのか内心かなり戸惑っていたものの、お店に行く途中でもう、やんややんやだ。特にkaiちゃん、なんてかわいいのだろう。一番最後に登場したにもかかわらず、とてもかわいい笑顔としゃべり口で、すぐにムードメカーになり、ぐんぐん楽しい方向へ引っ張っていってくれた。
お店に着いて、さぁ、という段階にいたって、もういつも会っているもの同士の雰囲気だ。
まちさんは、芯が強そうだけれどでもやわらかく、決して年上ぶらない自然体の人。想像していた人そのものだ。
ぼのさん、言葉数は少なく、かっこいい雰囲気漂う人。でもニヤっという感じの、なんともいえないおかしみと余裕の感じられる人だった。語り口がカキコミなどとおんなじだ。
もう、無言の時間がないほどにしゃべった。その合間にも、他のネット仲間から興味津々に、今の状況を伝えるように指令が下る。話しながら写メールを撮ったり、携帯に向かっている集団。かなり怪しかったと思う。けどこの際そんなこと言ってられないくらい楽しかったのだ。
RAという病気のことも聞けた。まちさんもkaiちゃんもきちんといろいろと説明してくれて、なんだか聞きたかったけど聞けなかったことを積極的に話してくれたので嬉しかった。
思ったけれど、文章って本当に人がでるのだなぁと。ネットで文字だけでコミュニケーションとっていた仲だったけど、みんな思っていた人どおりだった。いや、思っていた以上に楽しい仲間だったかもしれない。うわぁ、禁煙してこんなご褒美があるなんて、ちょっと怖い気さえしてくるほだった。
ご参加ありがとうです。今日のは東京地区大会、今度は全国大会を目指すのだ!

| | コメント (18) | トラックバック (0)

2005/03/20

禁煙189日 彼氏君を大切に

なんとここ1ヶ月くらいも、彼氏君に会っていないことに今日気づいた。今日も彼氏君は用事があって会えなかったのだ。
彼氏君とはもうすぐ付き合って4年になる。この間書いた理想主義の彼と別れて、とても疲れきっていた頃に出会った。実は雰囲気は、その理想主義の彼と似ていた。その理想主義の彼は当たりは柔らかい人で、その辺が彼氏君に似ているように感じた。
でも話してみると、結構人間臭くて、理想だとかの気負いの全然ない人だった。笑顔がトレードマークで、そのどん底だった私の話を笑顔で聞いてくれた。それで、別にたいしたことないよ的にうふふと笑い飛ばしてくれた。その頃はよく泣いていた。泣いても、そんなに思いつめることのほどでもないよーといつも言ってくれた。私なんでこんなに辛いんだろうと聞いた時、理想が高すぎるんじゃない、と言って笑った。でも本当に本当に切羽詰った気持ちになったときには、一緒に泣いてくれた。
笑っているのがトレードマークだけど、それだけの人では手ごたえがないしつまらないと思う。でもなぜかそこのところが彼氏君は一味違う。人間味があるというか、うすっぺらくない。話題も豊富だし、話していて楽しい。しかも何気に毒舌な面もあって面白い。
何より、彼氏君自身に気負いがない分、私にも何かを求めてくることがないので、一緒にいてとても自由だ。自由だから自然にお互い自立心が芽生えてきて、いい意味で対等でいられる。
こんな彼氏君を、大切にしなくてはなぁ、となんだかしみじみ思った今日だった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005/03/18

禁煙187日 問題解決思考へ

やっと、やっと、終わりましたね、1週間。そして、3連休!嬉しすぎです。
今日は障害者校に出講。もう最近疲れから、壊れていたのだけれど、それで初めて見えてきたものもあったりして、そんなことをぼんやりと考えながら出講した。
昨日書いたことと関連するが、自分がどうある「べき」か、みたいなことを気にしてたら、本当に疲れるだけのような気がしてきた。どう「したい」かという方に重点を置いていかないと、この価値の多様化している世界では身が持たない感じがする。
いろいろ、こんなこと言っちゃった、とか悔やんだりしていても、もうそういうこと言いたかったんだからいいじゃん、という気になってきた。マイナス方向に考えるのではなくて、言っちゃったってことで、何か問題が生じたら、その問題を解決するにはどうしたらいいか、ということに頭をもっていかなければやっていられない。
それと、一番の癒しは、笑いの中にあるということ。笑えばマイナス思考を笑い飛ばしていける。とにかくこれからもさらに楽しむことに貪欲でいたいと思った。
そんな矢先、幻覚症状掲示板でsenさんとアンさんの面白いスレを読んで、今日も楽しく一日を締めくくれそうだ。


| | コメント (2) | トラックバック (0)

2005/03/17

禁煙186日 オスマシじゃつまらない

今日は新しい学校へ。しかしだんだん自分のスケジュールが分からなくなってきて、朝、間違えてもう一つの学校へ出勤しそうになってしまった…。精進がまだまだ足りない、はい。
今日というかこのごろ、一休さんが数日前に残したコメントの中の、オスマシでは人生つまらない、という言葉が頭をついて離れない。
なんだか、この数年で漠然と考えてきたことが言葉になったみたいに感じる。
数年前、まだ司法試験の勉強をしていた頃、すごく理想主義の彼と何年か付き合ったことがある。それまで私は自分にとても正直に生きていて、別にこうあるべきだなんて理想などはなかった。でも彼の言っていることはいつも正しくて(論理が緻密で)、とても尊敬し、彼のように考えなければ、と自分を追い詰める日々が始まった。
でも、とても辛かった。自分ではない人になろうとする努力ほど辛いものはない。それに今は分かるのだが、彼の言葉は本音のようにきこえて実は違っていたと思う。そこには感情を全く排除した論理しかなかった。
だから、その頃の私はとてもオスマシだったのではないかと思う。その彼とはさよならして、自分一人でその時の自分をとても寂しく空虚に思った。知らないうちに自分で壁をつくってしまったみたいに感じた。それでその壁をやぶる作業が続いて、今の彼氏君に出会い、その頃とは違って、感情表現豊かな生き生きした自分に少しは戻ってこれたと思う。
オスマシじゃつまらない、これは本当ですね。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2005/03/16

禁煙185日 喫煙者の憂い

暖かい日。いつもより薄着で、いつもより足取り軽く学校へ。学校からしりとりに参加しちゃったりして、これは反省…。もう最後だから、笑わせてなんぼの授業は今日もたくさんの笑いの爆弾を爆発させた。
ここのところ、卒業制作として、自己PRプレゼンテーションの作成をしている。それをみていると、今まで知らなかった生徒さんのことをいっぱい発見できて楽しい。
今日は結構ヘヴィースモーカーの人でパチスロが趣味という気のいい生徒さんのプレゼンの内容をみてうなった。パチンコをやる人の気持ちというのがいまいちピンとこなかったのだが、その理由として、一人の世界に入れていろいろな雑念や辛さから逃れられる、というようなことが書いてあった。
その生徒さんは病気を持っているので、さぞかし辛いのだろうと思う。でもとても気がいいので、きっといろいろなことに押しつぶされそうになる時があるのだろうなぁ、としみじみ思った。
それは、つらい時、私がタバコを吸っていた心境に似ているかもしれない。一人でいるのが本当はさびしいのに、一人でいたかった。いろいろな現実や精神のうちにある、しがらみから逃れたかった。
その辛さを少しでも軽減できればいいな、と思い、授業の笑いとりに熱が入った。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005/03/15

禁煙184日 芸も授業のうち

今日は慣れた学校の方の仕事。
こっちは慣れているのはいいのだが、とにかく遠いのと23区に比べ、寒い。3回も電車を乗り換え、乗り換えるごとに寒くなっていくのだ。
昨日も書いたが、もう来週には修了だと思うと、とにかく生徒さんたちと名残惜しくてさびしい。それを吹き飛ばそうと、元気に授業。実は、私は結構、芸達者な先生なのだ。キャリアに劣る分、芸でこの道を…(笑)というわけでもないのだが、クラスがしょぼんとして、聴いてるのか聴いていないのかわからない授業はやりたくないのだ。
常にボケとツッコミを大切に授業をしている、それも冗談ではなく本当に…。パソコンは特にそうだと思うが、ただ一方通行的に授業をやればいいというものではない。生徒さんたちが、実際にできなければならない。
できていない人のフォロー、注意力が散漫になってきた人の興味を引く、もうあの手この手で生徒さんたちにできるようになってもらおうとこっちも必死だ。
特に、うちのクラスは修了文集というものをパソコンでみんなで作るのだが、それを来週の修了に間に合わせなければならない。ここで生徒のやる気を最大限に引き出すのが講師の腕の見せ所というものだ。
今日も寝不足で壊れ気味だったが、授業楽しんでもらえたと確信して帰ってきた。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2005/03/14

禁煙183日 終わり

この1週間を乗り切れば、学校の仕事の方は今年度終了だ。
今日は新しい方の学校だったが、今週で生徒とお別れなのとともに、上司ともお別れなのだ。上司が定年でもう退職する。どうしても波長の合わない上司だったけれど、あと2日で終わるかと思うと、お互いなんだかあと2日ぐらい楽しくやってお別れしよう、という雰囲気だった。
だから今日は楽しかったのだが、やっとその上司にも慣れてきた頃にお別れか~なんて名残惜しくなってしまった。もっと一緒でもよかったな、なんて思ったり。
でも終わりがあるから、楽しくできるのだ。これが、これから数年ずっと一緒だと思うと、なかなか楽しくはならないだろう。
物事には始まりがあって、それで、必ず終わりがある。これってなんていい仕組みなんだろう。いろいろなことがあっても、必ず終わりがあると思えれば、救いがあるのだろう。
一日にしたってそうだ。どんなに気が重い朝でも、必ずどうにかこうにか一日は終わる。だから、先のことを思って辛くなるときが多い私の最近の課題は、この一日の区切りで毎日を送る、ということです。
今週はこの課題を守れそう。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2005/03/13

禁煙182日 しりとり中毒

今日は晴れたけれどとても寒い。家に閉じこもることにした。
日曜日は毎週寝まくるのに、今日は朝からちゃんと起きた。
明日からの1週間を乗り越えれば、再来週は学校もついに修了。だから、随分と気がラクに、肩の荷がおりてきた。それで日曜に寝ているのが惜しくなって、目をしっかり開けているのだ。なぜ寝るのが惜しいかというと、ネット仲間のまちさんのHPのしりとりにはまりすぎなのだった。寝る間も惜しんでしりとっているのだ。
このしりとりは、ポイントを稼いで積み重ねていくもので、基本的にやればやるほど点数が加算されてくる。で、つい数日前まではここまではまっていたわけではないのだが、昨日、すごくラッキーでポイントが5倍加算されて一気に順位を上げたのだ。こうなったらもう、高得点単語をあててもう一山あてたい、なんて気になって、せっせと通っている。
賭け事にまったくうとい私なのだが、初めて、パチンコとかマージャンをやる人の気持ちがわかったような気がする。たま~に出てくる大当たりほど血を騒がすものはない。すごいスリルだ。その山を当てたくて、はまっていく…。
でも、しりとりはお金賭けてないし、誰にも迷惑かけないし、楽しいので、いいですよね。
ニコチン中毒から抜けてきたのはいいけど、今度はしりとり中毒かも…。
彼氏君には、いい年して何そこまではまってんの、と笑われている。でも笑われようが呆れられようが本当に面白いのだからしょうがない。
こうしてしりとりの夕べはまだまだ続くのだった。

| | コメント (2) | トラックバック (1)

2005/03/12

禁煙181日 禁煙半年ー禁煙はやめられない

今日で禁煙も6ヶ月。
朝からとてもドキドキだった。なぜかというと、同じ毎月12日がタバコ命日のヒヨちゃんと、禁煙掲示板に合同スレッドで報告しようという、画期的計画を企てていたからである。
お昼前に、いざ、投稿。二人分なので長くなってしまったし、みんなにひかれないだろうか、とドキドキでいっぱいだった。しかし、そこはつねぼんサイトの懐の深いトコ。みんな、あたたかくレスで迎えてくれた。
本当にドキドキだったので、みなさん本当にありがとう!ヒヨちゃん、やったね!楽しかったね。
と、こんなことでドキドキして楽しんでいる禁煙半年目だった。あ~なんかとても平和で幸せだ。自分を追い詰めるものや自分の自由を奪うものが何もない、今日。自分のことながら、自分で自分を追い詰めていた日々、タバコの奴隷となっていた日々を不憫に思う。タバコを吸っていた時には、こんなことで騒いでドキドキすることなんて、ばかばかしくてやってられなかったに違いない。でもこういう人のありがたみとか、人との関係を一つ一つ大切にドキドキして向き合うことは決してばかばかしいことではない。生きているということの現実をこうして肌で感じることはとても素晴しいことだと今は思える。
禁煙で、よくも悪くも現実と対峙しなければならなくなった。最初はそれが苦痛だったが、現実に向き合うのって、そんなに悪いことじゃない。悩んだりいろいろ考えあぐねたり、時には辛いと思うことでも、しばらくしてしまえば、なんだか悩んだりした分、いい思い出として確実に自分の中に残っていく。タバコで現実逃避してあとに何も残らなかった日々とは大きな違いだ。
こんなにいいことだらけだから、時に辛くても、タバコがやめられなかったそれ以上に、禁煙はやめられない。

| | コメント (8) | トラックバック (0)

2005/03/11

禁煙180日 同僚

冷たい雨。でも春を予感させる雨だった。
今日は違うクラスの同年代の講師仲間、さやかちゃんとたまたま出講が一緒だったので、帰りにしゃべくりあった。さやかちゃんというのは、右サイドバーののの友にある、美大出身の版画家だ。手先が器用で、芸術的センスも抜群なので、学校では皮革のクラスを教えている。
学校では唯一同年代の講師なので、本当に貴重だ。しかも同年代の中でも気の合う方なので、本当にラッキーだった。彼女のクラスは私のいる本館とは別の建物にある。だから、本来はほとんど接点がなかったはずなのだ。
だけど、ちょうど一年前ぐらいに、私が同年代の講師仲間に飢えていたときに、たまたま本館で着替えをして出てきたさやかちゃんの、講師証を見逃さなかった。おっと、この人若いけど講師だ、と思うのと同時に、声をかけた。ちょっと言葉を交わしただけでも、これは気が合うぞ、とお互いに思った。その日お昼を一緒に食べ、帰りにお茶をして帰る頃にはすっかり、ため口の楽しい友人になっていた。家もわりと近いということも手伝って、プライベートでも仲良くしている。
そのさやかちゃん、しばらくお互いに忙しくて会っていない間に、大変なことになっていた。さやかちゃんのクラスがもうすぐ閉鎖されるというのだ。これはさやかちゃんだけの問題ではない。同年代の講師仲間がいなくなるなんて、私も寂しすぎる。それで今日は、違う学校の講師になる道、特に私のもう一つの学校の講師になる道を二人で一生懸命考えるお茶会となった。
あとは学校の内部事情などの情報交換会。お互い、話は分かるけれどあまり利害関係がないので、いろいろなことを心置きなく話せる。価値観も似ているし、言いたいことはガンガン言うタイプなので、喧々諤々で非常にすっきりとした。
仕事のうえでさやかちゃんの存在は大きいのだ。どうにかこれからも一緒に働けるといいのだが…。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005/03/10

禁煙179日 元気が元気を呼ぶ日

ブルーマンデーがウソのように、ハッピーサースデーとまではいかないものの、なんだか元気な一日だった。だって、今日が終われば、あと一日で週末だもの。
でもこんなに元気に今日の出講を終えられたのも、やっぱり、昨日おとといと、障害者校に出講したおかげだ。
もともと、講師の中ではダントツで若くキャリアがない分、元気だけが私の売りなのだ。それが先週カゼをひいて元気をなくしたとき、生徒さんたちが、先生が元気ないとさびしいよー、なんて言ってくれて、カゼが治ったらがぜんやる気がでてきたわけだ。
授業前、教室に行き、生徒さんたちと顔をあわせるなり、うわー元気な先生が戻ってきたー!なんて言ってくれるのだ。まさにいい感じで、元気が元気を呼びさらに元気に、という感じだった。
今日の台場方面の学校の出講でも、その元気を引き続き振りまいて、生徒さんとも先生たちとも、元気が元気を呼ぶ交流ができた。こちらのクラスはまだやりはじめて3ヶ月しかたっていないまま、あと2回の授業で今年度修了なのだ。その中でも別れを惜しんでくれる生徒さんがいたり、終了間際ののんびりムードも手伝って、少しリラックスしてお話もできた。
修了とその次の入学シーズン、この元気で乗り切っていけたらいいなぁ、と切に願う今日この頃。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2005/03/09

禁煙178日 歳を重ねること

今日通勤途中でぼーっと考えていたことは、歳を重ねることについてだった。
この間、司法書士に受かった弟分に数年ぶりで会った話は書いた。彼にしみじみ言われたのが、あの頃より随分ののさんは大人になったね、成長したんだね、ということだった。彼はいい意味で言っているのだが、なんとなく複雑だった。
確かに私はこの数年間で随分と変わったのだ。学生気分の甘ちゃんから、社会人としての意識が劇的に芽生えた数年だった。今も必死で社会人として恥ずかしくない自分でありたいと、試行錯誤の毎日だ。
でも、それは成長といえるものだろうか。ここでうーんとなってしまう。あの頃、確かに私は甘ちゃんだったけれど、言いたいことは言い、自分に正直で、今よりも柔らかく、ずっとのびやかであったと思う。
そうして、今までのことを振り返ると、その柔らかさが徐々に消え、固くなってきているのではないだろうか、それを成長というのなら、これはいい意味の中にも、一抹の寂しさが含まれているように思えて仕方なく感じられるのだ。
何かを手に入れつつあるのだろうけれど、同時にいろいろなものを捨ててきているのだなぁと思う。若い頃、大人の険しい顔を見て、ああいう顔にはなりたくないと思っていたけれど、今自分がそういうむずかしい顔をするようになったのではないかと不安になる。
そこで救いなのが、私の周りにいるいい顔をした大人たち。そんなことを考えながら学校に行ったので、敬愛する2人の上司に会ってあいさつをしただけでもほっとした。とてもきちんとしているけれど、柔らかさや童心を忘れない、いい表情でいつも私を迎えてくれる。歳を重ねてもそういう風にいられることの道しるべをひいてくれているような気がして、とても心強く、がんばれた一日だった。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2005/03/08

禁煙177日 希望の持てる日

今日は障害者校で入校選考(入試)の2次が行われた。
また例によって大変恥ずかしながら、面接官をやった。面接は受験生一人に対し面接官二人という形で行われる。私と面接官を組んだのは、いつもと同じなのだが、隣のクラスの上司。といっても、4月からそこのクラスももつので、4月からのもう一人の上司ということになる。
最初の頃は面接官という緊張と、よく知らない隣のクラスの上司に対する緊張とでとても疲れたものだったが、なんだか今日は楽しかった。慣れてきたのと、私を講師として迎え入れてくれた嬉しさが重なっていて、合間合間に楽しく、また段取りもあうんの呼吸でできて、非常に気持ちの良い時間だった。
来年度からの話も少ししたが、なんだか夢のようにきちんと丁寧にあいさつや説明をしていただいて、ひたすら感謝でいっぱいだった。若僧ということでこんなにもていねいな待遇をうけることがあまりないので、感激だった。がんばろうと思った。来年度からも楽しくやっていけそうだ。
未来に希望が持てる日はなんていい日なんだろう。最近はちょっとその逆が多かったので、余計にありがたく骨身にしみた。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2005/03/07

禁煙176日 スタート

いざ、今週のスタート。
しかし、いくら昨日までのんびり楽しい週末だったとはいっても、ブルーマンデーはやはりブルーマンデーだった…。一気に現実に引き戻された感じ。
今日は台場方面の学校に出講だったが、やはり、一日いるのには、あまり居心地のいい感じではなかった。明日は明日で、障害者校の入校選考2次でかなり一日ハードだし、来週からも…。なんて気が重いところにさらに気が重いことを考えてしまうのは、やはり疲れのせいだろう。
今日は節目節目にタバコが吸いたかった。休憩時間の職員室から一人抜け出してタバコを吸いたかった。これは、今から分析するに、人のペースから自分のペースを取り戻したいという気持ちの表れだったと思う。あとは、反抗心だとかも絡んでると思う。
でも反抗したり自分のペースをつかむためにタバコを吸うのは、やはり冷静になれば、大きく自分を損なうこと以外の何ものでもない。
そういうときのタバコに頼らない表現力をまだまだ身に付けなければならないなぁと思った。修行が足りない。
でも、仕事が終わって解放された時、夕焼けの中を駅へ急ぎながら思ったのは、タバコのことではなく、あーあ、彼氏君に会いたい、だった。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2005/03/06

禁煙175日 スタート前

カゼからは完全復活!声はいい具合に、ちょいハスキーです。
今日は一日が短すぎた。朝、というかお昼を回ってやっと起きた。ご飯を食べたりネットをしたりしていたら、もう夕方…。しかもそこからまた寝てしまい、起きたら夜…。で現在に至るわけです。
その中でも、時間を惜しんで楽しんだのが、まちさんのところのしりとり。昨日から初参加でもっぱらビリ争いなのだが、敬愛する掲示板の親分と楽しく、でもシリアスに(?)闘っている、そのやりとりが面白すぎてはまっている。
それと、RAの人の中の猫好きと禁煙掲示板の猫好きとが、私の掲示板に集結して「猫集会」なるものが始まったり、とにかく今日はたくさんのコミュニケーションがとれて、楽しい日だった。
でも、うぅ、もう週末が終わってしまう…。先週もこんなこと書いていたような気がするが、今週は先週に比べれば、何倍もすがすがしくスタートがきれそうだ。カゼが治ったのも大きいし、仕事上のいろいろな山場も、先週乗り越えた感じだし。
先週まではあまり手帳を見なかった、というか見れなかった。手帳をみると今月の重圧に押しつぶされそうになるから。でもさっき改めてみてみたら、ある程度のめどがたった。やっぱり現実を直視したほうが気がラクになることが多い。
そして何より、健康のありがたみ!健康であれば、それだけで万々歳だ。もう、文句は言わない。仕事があることもありがたいことなのだから、あとのいろいろなことは、細かいこと。気にせず元気に明日からまたがんばるぞ!

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2005/03/05

禁煙174日 つながる

熱も下がり、あとは鼻水と声だけ。でもその声もだんだんと出てきた。ハスキーボイスに昔から憧れが強いのだが、いざハスキーになってみると、元に戻りたくて仕方がない。本当に呆れるぐらいわがままな私。
でも昨日も書いたけれど、当たり前のことができる幸せ、を今日もしみじみ思った。
今日は具合もよくなり、かつ、ヒマだったので、HPを飛びまくったのだが、その中でHP仲間のビオラさんの日記が、なんだか私の気分と共鳴しているみたいに響いた。
ビオラさんも私と同じくスピッツ好きなのだが、スピッツの「正夢」の「小さな幸せ~つなぎ合わせよう~」の歌詞に注目した日記だった。病気の痛みから逃れられた「夢」が何度「正夢」であってほしいと思ったことか、今当たり前のように歩けること、こういう小さな幸せをつなぎ合わせていきたい、という内容だった。
私も「正夢」の曲は大好きだが、ただ漫然と聴いてきたことをとても恥ずかしく思った。それで、今日は「正夢」のリフレインの日になった。
「つながる」という言葉ってとても好きだ。いろいろな物事が一つ一つばらばらに感じられると、味気ない。いろいろなことがつながって見えたとき、自分なりのストーリーみたいなものが生まれてきて、そういう自分なりのストーリーを大切にして生きたいと思っている。ちょっとロマンチックに言えば、夜空の星たちを結んで星座というストーリーが生まれるような、そんな感じだ。
いろいろなものがつながって見えたとき、そういうときがまさに、小さな幸せをつなぎ合わせた時なのかな、と思う。声が出なくなって、話すことの意味が分かったりだとか、体が弱っていて初めて、人の優しさを感じられたりだとか、カゼをひいたということ一つをとってみても、いろいろつながっている。もちろん何故体調を崩したか、というその辺にもいろいろなことがつながっている。
私はビオラさんの経験してきた大変さには足もとにも及ばない未熟者なので、少々不器用なやりかたになるかもしれないけれども、これからも小さな幸せをつなぎあわせていきたい。そしてビオラさんのパッチワークみたいに温かいものになれればいいなぁと。これは僭越だけれど、正夢にしていく努力はしよう。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2005/03/04

禁煙173日 話すこと

カゼが全然よくならないので思い切って学校を病欠。修了間近なのにとても心苦しかったが、今日の雪では多分、障害者校だから休校になったと思う。みんな帰れなくなってしまうから。
朝、起きだして、雪の降るのを窓から眺めながら、パソコンの前で仕事やらネットやら、一人でやっていた。お昼頃、1階に下りていって母とお昼を食べようと思ったら、母が買い物か何かで出かけていた。で、母が帰ってきたのがお昼をとおにまわった頃だった。つまりそれまで誰とも話さずにいたわけだ。
母が帰ってきたので、お帰りなさい、と言ったつもりだった。が、声が出ない。いくらがんばっても、空気のぜいぜいいう音しか出ない。これには母よりも自分自身が一番びっくりだった。
一生懸命声を絞り出して、母と少し話したが、すぐにとても疲れてしまった。と同時に、話したいのに話せないストレスがこみあげてきた。
禁煙教室で見たビデオで、タバコが原因の咽頭癌で声を失った人のインタビューを見たのを思い出した。リハビリでなんとか少し声が出るようになった人だった。話せないってとても辛いことだから、どうかみなさんタバコをやめてください、と訴えていた。その時もものすごい説得力だったけど、今日まさにその辛さを体感した感じだった。
幸いにも私はカゼが治れば声が出るだろう。話す、その当たり前のことがとてもありがたいことだと知った。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2005/03/03

禁煙172日 泣いた次の日、こぼれる笑顔

このタイトルは大好きなスピッツの「SUGINAMI MELODY」という歌の歌詞。
ちょっと大げさなタイトルになってしまったけれど、学校から帰るとき聴いて思わず共感した言葉。別に泣いたりしたわけではないのだが、気持ち的には今日の帰りはこんな気分だった。
新しい学校の方の上司がかなりものごとをズバズバ言う人だから、こんなカゼでフラフラのときの出講は気が重かった。
まぁ、仕事だからしょうがない。諦めて出勤して職員室でボーっとしていたら、上司が出勤してきた。私を見るなり、どうしたのーー?だった。私がボロ雑巾のようにくちゃくちゃになっていたのでびっくりしたみたいだった。
いつものズバズバな言い方だったけど、今日はなんだか、温かさを感じた。弱っている時って人の温かさに敏感になるものだ。
お昼、休み時間を延長するから少し保健室で横になってなさいっ、と言う。言い方はいつもこんな感じだ。さ、早く早く、と。おかげで午後もなんとか乗り切れた。
上司も言い方はきついところもあるけれど、基本的にやさしさをたくさん持っていて、でも恥ずかしさから素直にやさしくものごとを言えない人なのかなぁ、と思った。
そう思ったら、今日もいろいろズバズバ言ってたけど、気にならなくなった。
泣きたくなるような朝の心境だったけど、帰りには笑顔を取り戻せた。そこにスピッツのこの歌詞がぴったり入り込んできて何度もリフレインして聴いた、そんな帰り道。

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2005/03/02

禁煙171日 カゼに効く薬

昨日から熱まででてしまって、今日の出講は辛かった。
こんな時は温かく家を守ってくれている母の存在が大きく感じられる。
いつもは、母はだいたい家の1階部分をテリトリーにしていて、私は2階部分をテリトリーにしている。ので、普段そんなにずっと母と一緒にいるわけではない。
でも、こんな体力も気力も弱っている時は、一人ではなんだか心細くなるので、今日なども1階の居間で母とたわいもなくしゃべったり、愚痴を言ったり、ぼーっとしたり、母といる時間がいつもより多くなった。
そこで、普段あまり気に留めていなかった母の行動をしみじみと観察してしまった。とにかく、の~んびりしているのだ。常に仕事をしているのだが、仕事をやりながらラジオを聞いて、ラジオでおもしろいことを聞くとげらげら笑っている。ラジオの音が静かに流れる中、時間も静かにゆったりと流れている。
そこにいると、母と話してなくても、こっちまでゆったりとしたペースに巻き込まれて、なんだか心地いい。
この心地よさが、薬よりも何よりも体にしみわたって、カゼに効く気がした。

| | コメント (6) | トラックバック (0)

« 2005年2月 | トップページ | 2005年4月 »