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2005/02/28

禁煙169日 朝のメール

ブルーマンデー。朝の通勤の途中、本当にブルーだった。今週からさらに出講時間が増え、風邪気味なのに、一日8時間教壇に立つのを毎日続けるのは本当に私としては辛い。
こんな気の重い朝、電車で携帯のバイブの気配がかばんからした。朝からメールなんて珍しい。見ると彼氏君からだ。今週からお互い大変だけど、今日も一日がんばろう、というような内容だった。
彼氏君からのこのようなメールは初めてだ。ちょっとびっくりしたけど嬉しかった。一気にブルーが晴れ渡った、とはいかなかったけど、がんばろうと思った。大変なのは私だけじゃない。社労士として勤め始めたばかりの彼氏君のほうが大変なのだから。
禁煙もそうだけど、一人だけだと思うと辛くなる。一緒にがんばっている人がいると思うだけで全然違う。彼氏君にはののがいる、ののには彼氏君がいる、だからがんばろうね、と返信をうった。
一緒にがんばれる人がいて、嬉しかった朝。

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2005/02/27

禁煙168日 書くことについて

おとといは、日記を読み返してへこんで、書くことは恥をさらすことだと心底恥ずかしくなり、なんだか動揺のみえる日記になってしまった。ことがまた恥ずかしいのだが…。
ただ、別にたいした日記でもないし、有名人でもないし、意識過剰になる必要もないな、と落ち着いてきて思うのは、私にとっての書くことの重要さだ。
司法試験の勉強をしていたころには毎日論文を書いていた。その時も今に似た爽快な気分になることが多かった。もちろん、試験勉強の一端なので、点数のとれるものを書かなければならず、気分がいつも爽快になれるわけではなかったけれど。
それで、試験勉強をやめてからは、むしろ拒絶反応的に文章を書かなくなった。
それが、今回の禁煙では最初に苦しさのあまり、禁煙掲示板というものにたどり着いた。最初は読むだけだったが、書き込みするまでにそう時間はかからなかった。何を書いたかはあまり覚えていないのだが(恥ずかしい→忘れる)、次第に書くこと、そしてそれによってコミュニケーションがとれることにどんどんとはまっていった。
最初はスレを立てて先輩に相談する側だったが、次第にレスをするようになった。とにかく書いたわけだ。これは予想以上の効力を発揮した。書くことで自分の頭が整理されてくる。またいろいろなことが進んだり生まれたりするのだ。HPを立てることになったのも、掲示板でのsenさんの提案に始まった。まさにこのHPはあの掲示板に書くことによって生まれたものだった。
日記をこうして書くようになってから、最初は禁煙ネタが豊富にあったものの、すぐに底を尽き始めた。かといって、禁煙とは関係のない自分の日常なんて、誰も読んでくれないだろうな、と何を書けばいいのか途方にくれる日が続いた。
それである時期から、思い切って禁煙に固執しないで、日常と日常思うことを書き綴るようになった。書くことの意味に気づいたからだ。読まれるために書くというよりも、書くことそれ自体が意味のあることだと思えた。禁煙を続けられているのも、HPをたててたくさんの人と交流することができるようになったのも、全て書くことから始まった。
とにかく書こうと思った。もちろん、周りに温かい人がたくさんいるからそう思うことができたのだが。
それで今現在は書くことによって、自分の状況を客観視できるし、何より前向きになれるようになった。ごちょごちょ頭の中でぐるぐるしているより、書いて、といっても人に公開しているわけだから人を不快にさせないように書いて、そうして、自然に頭が整理され、また人の目を意識することによって、前向きになれるようになった気がする。いろいろあっても、自分の中での一番前向きな部分をできるだけすくって、それを書く。それも自分の中から必ずすくうようにしているので、偽りのない自分でいられる。と自分を偽らずに、でも前向きに舵がとれるのだ。
そしてこの日記のいいところはコメントでまた人との交流がもてること。ここからもいろいろなことが進み、生まれている。
この味をしめてしまったものだから、恥をさらしながらも、書くことがやめられない。

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2005/02/26

禁煙167日 幸福を運ぶ笑顔

なんて寒いのだろう。植物も人間も凍りつくような寒さだった。
今日はお昼過ぎに、私が通った東京衛生病院の禁煙教室から前々から頼まれていた、禁煙に関する取材の電話がかかってきた。フリージャーナリストで今度禁煙本を出すらしい。それで体験談を聞かせてほしいとのことだった。
まぁ、通り一遍のことを聞かれた。15分ぐらいで。禁煙して良かったことを挙げてみてください、だとか、最後に吸っていた銘柄は何か、とか…。その人はタバコを吸ったことがないらしく、タバコ代が浮いたのもよかったこと、なんて答えたら、笑われてしまった。でもこれって喫煙経験があれば禁煙してよかったことによく挙げられることなのに…。
禁煙をビジネスにするのは仕方ないとしても、タバコや禁煙のこと、もっと知った上でお話させてもらいたかった。たった15分で、私にとって大切な禁煙のことを語らせられ、禁煙体験談としてその本の一部となり、それが本になって店頭に並ぶ、というのはなんだか切なかった。ちょっと後味の悪い取材だったのだ。
気を取り直し、彼氏君とデートへ。下北沢の料理のおいしい飲み屋に行った。彼氏君と飲み屋に行くのは、4年近く付き合っていてなんと2回目。彼氏君は飲めるんだけれど、私が飲めないし、また飲んだら結構始末に悪いので、私と飲むのは、彼氏君も敬遠気味だった。でも、飲むというより、料理が本当においしいから、と言って彼氏君を誘い出した。
そうしたら、彼氏君のほうが飲んだにしても、彼氏君がべろんべろんになってしまって、なんと私はシラフに近い状態で彼氏君の介護をすることになった。私が強くなったというより、明らかに彼氏君、弱くなった。ここのところの疲れも影響しているのかもしれない。
でも彼氏君の酔っ払い方は、とにかく笑うことだった。つられて私もたくさん笑い、気分が爽快になった。あぁ、この人ってなんか一貫してるなぁ、と思った。シラフでも笑い、お酒を飲んでもさらに笑う。その彼氏君の笑顔は、私をいつも幸福にしてくれるんだよなぁ。

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2005/02/25

禁煙166日 癒しについて

6月に大学の時の友達がまた一人、結婚することになった。ときいても全然焦らない自分に焦ったり。私もいい加減に気楽な独身生活から足を洗わなければいけないのだが…。
それで、結婚式に長野に行くことになった。6月の長野、いい感じだ。とても楽しみ。
で、せっかく長野に行くのだから、松本にいる大学のゼミの後輩、右サイドバーののの友にある高野ちゃんのところにも遊びに行かせてもらうことになった。
それをメールで打ち合わせたのだが、高野ちゃんからの返信メールに、この日記を毎日読んでいるので久しぶりという感じがしない、というようなことが書いてあってかなりどきっ。
そうだ、HP立て始めの頃、調子に乗って宣伝したのだった。それでもタバコと無縁の人が、ずっと読んでいてくれるとは思いもしなかった。高野ちゃんはとても律儀ないい子なんだ。あ~それにしても恥ずかしい…。
私、何書いてきたっけ?と思って自分の日記を遡り始めた。日記はいつもその日書いたら、書きっぱなし。あまり前の日記を読み返すことはない。都合の悪いことはすぐに忘れていく性格ゆえ、日記も本能的に、恥ずかしい→忘れるという方向で、あまり書いたことを覚えてはいないのだった。
とりあえず2月分を読み返した。というかもうこれで精一杯だった…恥ずかしくて…。なんだか本当に毎日恥をさらしながら生きているのだなぁ、と実感することとなった。
恥をさらしながら生きるのが人生だ、なんていう言葉どこかで聞いたような気がする。恥ずかしくて恥ずかしくてたまらないけど、そうなってくると、この恥さらしな日記も私の人生の1ページなわけなのだ。実際、書くことによって、確かに救われている部分が多い。恥をさらしてでも、今の私にとって書くことは必要なのだと感じる。もちろんこんな風に思えるのも、温かい読者のみなさんが見守ってくれているからなのだけれど。
私の大好きな作家、村上春樹氏もどこかで書いていたが、人は誰でも傷とか病とかを心のどこかに持っているのだと思う。こんなに価値が多様化している状態で、これがスタンダードといえるものはない。だから、みんな多かれ少なかれスタンダードからは外れていて、そしていろいろなギャップに苦しんでいる、そういう時代だと思う。
それを癒すための心の旅を今みんながしている。そして、私もその旅の末に見つけたのが日記を書くことであったようだ。タバコを吸うことで癒されていると勘違いしている時もあったが…。

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2005/02/24

禁煙165日 女社会

今日、新しい学校で仲良くさせてもらっている同僚講師(といってもベテラン)の先生とお昼を食べながらしゃべくりあった時に、気づいたことがあった。
障害者校では感じない違和感を、なにかこの学校で感じるよなぁ、特に上司との関係において。何だろうと思っていたのだが、その原因が分かった。
障害者校は女性の担任はほんの数名しかいなくて、かなりの男社会だ。に比べ、新しい学校はその学校に集められたクラスの性質上、担任はほぼ全員女性だ。女性社会なのだ。
そのベテランの先生も、以前男性社会の職場で勤めた後に、女性社会の職場に転職したとき、私と同じような違和感を感じたらしい。「女社会はこわいよ~」。
そう、男性は女性に甘い人が多いけれど、女性は女性に厳しいものだ。女社会というのはなかなか難しいものらしい。
私は高校は女子高だったものの、とても自由な校風で先輩後輩の区別もなく、穏やかな温室的学校だった。だから女子高にしては珍しく、女同士の厳しさみたいなことは感じることはなかった。その後、大学では40人クラスに女子8名しかいない、完全なる女子不足、男子過多のなかで、ぬくぬくと育ってしまった。
そして障害者校。男性社会で、もちろん学生とは違うのだから厳しさもたくさんあるけれど、基本的に暖かい。だから、この女社会の学校と比べると、少し過保護にされていたのかもしれないと感じた。
だから上司が冷たく感じるときがあるのも、これはこれで普通なのだ、ということが分かってきた。
そのベテランの先生とのお昼休みの結論としては、お給料がもらえれば、あとは仕事をこなし、朝と帰りのあいさつができるだけで満足すべし、それ以上に何か楽しい交流ができたならばそれはめっけもんなのだ、というところに落ち着いた。

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2005/02/23

禁煙164日 肩書きのない自分

あったかい日!桜のつぼみがふくらんできていて、嬉しくなった一日。春はもう、すぐそこ。
今日は何かのテレビで三輪明宏氏がこんなことを言っていたのが心に残った。
「良い親子、良い夫婦になろうとするのではなく、よい人間同士でいよう」というようなこと。
そうだなぁ、と思った。いろいろなところに応用が利く気がした。たとえば、私は学校で先生をしているけれども、よい先生と生徒という関係を目指すのではなく、お互いを肩書きのない人間として付き合うことはとても大切だと感じていた。それを三輪氏がうまく言葉に表現してくれたみたいな気がして、嬉しかった。
私の敬愛する上司も、人間同士としてぶつかり合うタイプだ。異動で私のクラスにやってきたとき、明らかにキャリア不足で自信も持てないでいた私を、最初にきつ~くものを言った以降は、キャリアのことやなにかは置いといて、実際の私の授業をみて、単なる上司と部下ではなく、人間同士として扱ってくれた。
新しい学校の方の上司とはまだ慣れていないが、あまり上司だと意識しすぎず、同じ人間同士としてやっていこうという勇気を与えてくれる言葉だった。
肩書きのない素の自分自身でどれだけの魅力を持てるだろうか、こんなことを考え始めたのは、父が病気になったときだった。
父には弁護士という肩書きがあったが、肺がん病棟で弁護士だということを誰かに言ったことはなかったし言う必要もまったくなかった。もちろん、自分の肩書きを、聞いてもいないのに言う人もいたし、有名な政治家も入院していたが、なんだかそういう人を見るたびあわれでならなかった。死んでしまったら肩書きなんて、どこにも持っていけないのに。
肺がん病棟では当たり前だけど、政治家であろうがなんであろうが、肺がんの前に皆平等だった。それを目の当たりにした時、名誉欲とかは人間の本能的な欲求だけれど、それに振り回されることほどばかばかしいことはないとしみじみ思ったものだった。死んだら自分の心以外、何ももっていけない、そう思ったときが私は本当に弁護士になりたいのだろうか、と考える長い旅の始まりだった。
肩書きで生きていって自分が空っぽになるより、肩書きナシで素の自分自身で生きていったら、強くなれそうな気がした。そんなことを思い出した日だった。

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2005/02/22

禁煙163日 朝の時間

最近、少し早めに起きるようになった。朝仕事に行く前に、身支度まですべて一通り終えても、30分ほど時間が余るくらいに早めに起きる。
そしてその30分で何をするかというと、お茶を飲みながらヒーターの前でただひたすら、ぬくぬくているだけなのだ。一人だけの静かな時間。ゆっくりと朝陽がのぼってくる。時間がゆったりと流れていくのを肌で感じながら、ただただぼーっとしているのである。
この何もしない空白の30分が、最近、私にとってとても貴重な時間だ。マイブームみたいなものだろうか。
朝、ぎりぎりまで寝ていた時には、外は朝からみんなせわしないので、そのペースに巻き込まれる形で、ピリピリしながら早歩きしたり電車に飛び乗ったりしていた。これは、体が疲れるというより精神的に朝からどっと疲れて、その日一日もなんとなくせわしなく過ぎていってしまう。
それがこの間、たまたまいろいろ心配事もあったせいで、朝早く目覚めてしまったとき、朝の静かな、ゆったり流れる時間を感じてから、どんなに周りがせわしなかったとしても、忙しかったとしても、ゆったりと身構えることができている気がするのだ。精神的にあまり疲れなくていい。
始まりが肝心とよく言うけど、その日一日の始まりである朝の時間も大切にしていきたい。

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2005/02/21

禁煙162日 セミプロ

今日は二つの学校を午前と午後とでかけもちだった。二つの学校は同じ東京とはいえ、とても離れたところにあるので移動時間は2時間をゆうに越え、本当にくたくたになってしまった。
しかも午前に行った新しい学校では、そこでの上司と障害者校での上司が、私の出講日をめぐってもめてしまっていて、私に無関係の話ではないので、朝からダークになってしまった。
でも今朝早起きしたおかげで、出勤時間までにゆっくりとできる時間があり、ある程度の開き直りをして出講できたので、あまり私自身がピリピリしていなかった。
だから、その上司の言い分もわかろうと、話を落ち着いてよく聞き、謝るべきところは謝り、最後は気持ちよくお別れすることができて、本当にほっとした。
ほっとしたのもつかの間、大移動。iPod君が本当に大活躍だった。
午後の障害者校は、授業ではなかった。といっても遊びに行ったわけでもなく、ちょっとしたでもかなり重要な用事で行った。しかし、仕事ではなく行く学校って、こんなにも違って見えたっけ?と思うほどのどかな風景だった。本当に気分しだいで風景も違って見えるもんだ。
私ももうちょっとキャリアを積めば、いつでものどかに学校にいけるのかなぁ、そんな日がくるといいなぁ、と心から思った。
帰ってくると、彼氏君からメールと電話があった。彼氏君のこういう積極的アクションは珍しい。内容はというと、勤め始めたばかりの社労士事務所の前任者からの引継ぎが今日で終わってしまって、明日からがとても不安ということだった。
あぁ、その気持ちよく分かる。私が講師をし始めた時なんかは、引継ぎもなく、ぼんっ、といきなり授業に投げ込まれて、質問に答えられるかいつでもビクビクしていた。
でもキャリアを重ねたりいろいろな人の導きで、プロは絶対答えなければいけないが、即答でなくてもいい。そこで生徒と悩みながら一緒に考えたり、調べてきたりして最終的に答えられればいいと最近悟るようになった。それから気持ちが大分ラクになった。
彼氏君にもそういうふうに励ました。そう言いながらのどかに学校に行ける域にはまだ達していないのだが…。
私も彼氏君もまだセミプロだな。がんばろう。

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2005/02/20

禁煙161日 神様と仲直り

昨晩、日記を書いた後、映画「フォレスト・ガンプ」をテレビでみた。
前にも見たことがあったが、あまりきちんと見ていなかった。それで昨日こそは、と思っていたのだが、日記を先に書いていたため、1時間遅刻、途中もなんだかんだと抜けてしまった。それでも、とてもいい映画だった。もう少し時間ができたら、絶対借りてきてちゃんとみようと思った。
その中で、ベトナム戦争で、神様というか自分の運命というかそういうものをいつも呪っていた、主人公のもと上官が、そういうものを受け入れて新たな道を歩み始めたことを、主人公が「神様と仲直りしたらしい」と表現したのがとても印象的だった。
私はクリスチャンでもなく、無宗教なのだが、神様がいたらいいなぁと思うことはよくある。いろいろ悩み深い時には何に向けてというわけでもなく、お祈りをする。なんとなく心がラクになれるような気がして。神様が自分や個人個人それぞれの中にいる、という考え方も好きだ。
なので、「神様と仲直り」という言葉がとても響いた。単純でかわいらしくて奥が深い言葉。私も長らく、神様とケンカしてきた口だなぁ、と思う。それは、まず喫煙するという行為となってあらわれたんだと思う。
でも最近、今現在の状況についての小さい悩みなどは絶えないものの、過去のことについては、かなり清算されてきているのを感じる。それは多くの人が言っているように、禁煙して新しい自分に生まれ変わったような気持ちになる、そういうところから解決していったのだと思う。自分の意思で、タバコと縁を切ろうとすることによって、それは同時に自分の意思で、過去に対する怒りや悲しみや苦しさからも縁を切る道だった。
ケンカってとても疲れる。相手が神様じゃなおさらだ。うまく仲直りできてきただろうか。これからもちょこちょこケンカしていくだろうけど、またうまく仲直りしていけるだろうか。神様はいつも手を広げていてくれるような気がするから、私が手を広げることができるかどうかが問題なんだなぁ、なんて思いながら映画をみて寝た。

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2005/02/19

禁煙160日 お茶選び

なんて寒いんだろう。でもこの季節の寒い雨は希望を与えてくれる。春がもうすぐだって。
こんな寒い日、まず、起きてもお布団を出たくない。よりによって今日は朝早く目覚めてしまった。普段はまた何事もなかったように眠るのだが、おとといから、膀胱炎、という呪いにとりつかれている私は、トイレに行かなくてはという強迫観念にとらわれて、眠い寒い、でもトイレに、でも眠い…の繰り返し。戦いの果てにやっとトイレへ、面倒くさい病気にかかってしまった自分を恨みながら…。
日中起きている時は、普段から緑茶をがばがばっと飲むのだが、膀胱炎が気になって、さらにがば飲み。なんだか緑茶に含まれるカテキンが悪い菌を退治してくれそうな気がして…。気休めかもしれないけれど…。
おとといからのがば飲みで、1月4日の「旅の福袋」で静岡に行ったときに買った茶筒いっぱいのお茶3本、もう全部飲s-IMG_0634みきってしまい昨日お茶を買いに出かけた。仕事の帰りにも寄れるような途中駅で探したところ、とても便利なところでお茶ゲット。そう、あのペットボトルのお茶で大ヒットした「伊右衛門」の茶葉があったのだ。これって私にとっては大発見だったんだけど、もしかしたらすごく有名なことなのかしら。
ペットボトルのお茶はいつも「伊右衛門」か「生茶」か「カテキン緑茶」なので、もし「伊右衛門」と同じ味が味わえたらめっけもんだ、とほくほくしながら買って帰った。
早速飲んでみると、これはとてもオススメです。ちゃんとあの「伊右衛門」の味がする!嬉しくてさらにがば飲み…。これって余計腎臓に負担かけてるんじゃないかしら…。
でもおいしいからいいですよね。

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2005/02/18

禁煙159日 楽しいお酒

今日は何年かぶりの友達と飲んだ。前にもちょっと書いたが、今年司法書士試験に見事合格した、私の弟分だ。
数年前はあまり歳を意識してなかったのだが、なんと私の6歳も下だということが今日発覚…。私ってそんな歳だったんだぁ、ちょっと凹んだり…。
待ち合わせで会ったとき、あまり変わってなかった。けど、最初に「ちょっと太った?」って言われてしまった…。グサッ。「うん、タバコやめたからねー」。ヤツとはよくタバコ吸ってたなぁ。タバコやめてから会うのって、なんか知らない人に会うみたいに新鮮な感じがした。
お店に着き、積もる話を話し始めた。この数年でお互い結構劇的な環境の変化があった。私は当時かけだしのパソコンインストラクターだったし、行政書士も持っていなかったし。彼は彼で、東京で受験勉強していたものの、あれから茨城の実家に戻り勉強を続けて、試験に通り、今東京で研修中ということだから。
だから、数年前と変わらず話しているけれど、やっぱり何かが変わったのだ。お互いいい感じで歳をくった感じがして嬉しかった。
と、ふと気づいた、というか気になった。彼がタバコをいっこうに吸い始めないのだ。私に遠慮しているのだろうかと、吸わないの?って聞いたら、なんと2年前にやめたという。おぉ、こんなところに禁煙の先輩が…。これにはかなり驚いた。彼は結構ナイーブなタイプだし、ちょっとワル目にしているタイプだったから、タバコは吸い続けるのだろうと、何の疑問もなく思い込んでいた。
そんな彼の口から、タバコはよくないよね~、なんて言葉を聞くとは!
あぁ、お互いに歳をくったというだけでなく、タバコやめてなんかゆとりというか、落ち着きが出てきたから、違う感じがしたんだなぁと思った。
普段お酒は一滴も飲まないのだが、今日はちょっと飲んでみようなんて思って少し飲んだ。楽しいお酒だったなぁ。

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2005/02/17

禁煙158日 病院ウォッチング

今日は近くの総合病院へ健康診断に行った。新年度に向けて学校に健康診断書を提出しなければいけないのだ。
どうも病院というところが苦手で、その病院も一昨年に健康診断に行って以来行っていないことが記録を見て今日分かった。とすると、もう何年も病気で病院へ行っていないことになる。自分でもびっくりだった。
病院へ行くと、やはりこの時期、風邪の人でいっぱいだ。座るところもないくらいにあふれていて、健康な私は座るわけにもいかず、ずっと立ちっぱなしだった。でもこんなにみんな大変そうで、健康ってありがたいなぁ、としみじみ思いながら待っていた。
そこでひときわ私の目を引いたのが、内科の窓口に立っている、かなり太目の、でもとてもてきぱきと仕事をこなしている、医療事務のスタッフだった。メゾソプラノの通る声で次々と、いろいろと声をかけてくる患者をさばいている。
あまりにも忙しくて、決して一人一人丁寧に説明するというわけにもいかないのだが、嫌な感じを与えない人なのだ。仕事に徹していて、迷子になっているおじいさんの話を聞き、誘導するのも、仕事のうちだということをちゃんとわきまえている。
なぜここまで、この人のことが気になったかというと、私が障害者校でもっているクラスが、医療事務、介護事務のクラスで、医療福祉関係の仕事につきたい人、また実際についていく人を見ているからなのだ。
入校選考のとき、志望動機を聞くと一番多く聞かれるのが、病気やケガで病院通いが多いので、そこでそういうスタッフを見てきて、私も病院に来る人に関わる仕事がしたいと思ったから、というものだ。
その気持ちが今日しみじみと分かった。あの仕事振りをみていると、なんだかすごい。病気の人から見るとさぞかし心強く頼もしく見えるのだろうなぁ、と思った。
昨年の修了生でとても明るく元気な(やはりちょっと太目の)女性がいた。病院でスタッフとして就職していったが、仕事はやはり患者さんをさばいているようなことを言っていた。あぁ、彼女もこういう風に働いているんだなぁ、とその人に重ね合わさって見えた。
さて、健康診断も尿検査などの結果も出揃い、やっとドクターのところに呼ばれた。所定の診断書に次々に異常なしと書かれていく。あぁ~よかった、さて、と思ったところで、ドクター、この診断書では関係ないことだけど、あなた膀胱炎よ…。えーーー?そういえば下腹が痛いときがあるような…。さっきまで健康をありがたがっていたのに、私も病気じゃん。あーあ。

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2005/02/16

禁煙157日 許されないこと

今日はなにか、全てのものが降った感じだった。朝は雨、みぞれ、雪、帰りはヒョウまで。
昨夜、彼氏君から、気になる話をきいた。彼氏君がクライアントの会社に引継ぎのあいさつに行ったところ、その会社の担当者が相談してきたことがあった。
その担当者が個人的に知っている知的障害の人がいるそうなのだが、クリーニング屋さんに勤めているそうだ。そのクリーニング屋さんのオーナーが給料を滞納しているらしい。つまりその知的障害の人は給料がここ何ヶ月かない状態で働いているらしい。
今はまだ知的障害の人の雇用はとても低い。このことで波風立ててそこにいられなくなるより、泣き寝入りするしかないのだろうか、ということらしい。このオーナーはとんでもない人のようで、知的障害者が法律その他に無知であることをいいことに雇用しているらしい。同じ理由で外国人も雇っているらしいのだ。しかも以前にも給料未払いがあったそうだ。
私の勤める障害者校にも知的障害者のクラスがある。知的障害者は雇用がとても低いのだが、最近見直されてきている。一つの仕事を覚えるのに時間はかかるものの、いったん覚えれば正確に、そしてとても真面目に仕事をやる。企業としても障害者を一定率雇うことが義務化されてきているので、この知的障害者の労働力には注目しているらしい。
その知的障害者の方は、もうそのクリーニング屋さんに10余年も勤めているらしいのだ。会社にとっては貴重な労働力に相違ない。なのに今時、給料を滞納するなんてことがあっていいものか。給料は生活の基盤となるものだから、最大限に守られなければいけないし、法律上も守られているのだから。
今日はそのことが頭を離れず、母(社労士)とも相談した結果、いくつもの手段があることが分かってきた。とにかく放ってはおけない。断固給料が払われるように、そしてこれからも未払いがないように、行政書士として闘おうと決意した日だった。

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2005/02/15

禁煙156日 あいさつ

今日は障害者校に出講。多摩地方にしては久しぶりに暖かく感じられる日だった。
障害者校は結構大規模な学校なので、職員、先生、講師、そして生徒と、人がたくさんいる。だから朝は生徒、先生問わずたくさんの人に「おはようございます」を言う。これがなかなか背筋が伸びる感じで気持ちがいい。
これだけいろいろな人がいれば、あいさつをしても返ってこないこともある。ちょっとお互いに苦手だという人はいるわけだ。
その中でも、あいさつ仲間というのだろうか、お話はしたことがないが、いつも気持ちよくあいさつし合う人もいる。これはなんだか、とても朝からハッピーな気分を運んでくれる笑顔とあいさつだ。
お話はしたことがなくても、なぜかお互い気の合いそうな予感がして、心からの笑顔が湧き出てくる。こういう風に通じ合うものがあるととても嬉しい。
帰りに、このあいさつ仲間の一人の職員とすれ違った。職員の中でも結構偉い地位にある人で、とてもかわいらしいおじさまだ。いつもにこにこしていろいろな人に笑顔を振りまいている。その方、今日は「お疲れ様でしたー」という満面の笑みとともに、下で小さく手を振ってくれた。なんともかわいらしいのと、また一歩お近づきになれたような気がして、とても嬉しく、仕事の疲れもふっとんだ。
あいさつ一つでハッピーになれるのだから、あいさつってすごい力を持っていて、とても大切なものだなぁと思う。
また手を振ってくれたら、私も小さく振り返してみたいな。

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2005/02/14

禁煙155日 しゃべくりバレンタインデー

今日はバレンタインデー。なのに、私も彼氏君もまだなれない仕事で月曜日からデートは大変だから、週末にバレンタインデーやろう、ということになっていた。
でも、今日は仕事でいいことがあった。新しい学校のほうの出講だったが、人間関係もスムーズにとても気持ちよく仕事ができた。仕事上もいろいろと勉強になって、実りある日だった。
なんでいきなりこんなに何もかもがスムーズにいったのか、本当に不思議で不思議でしょうがない。人は根っからの悪人というのはいないもので、誠実に対応していれば、どうにか道は開けるものなのかなぁ、なんて思った。甘いかなぁ。だから、決して人を決め付けたりしてはいけないな、と思った。教訓。
だから、なんだか仕事が終わったら彼氏君に会いたくなった。
急遽、約束をとりつけ急いでチョコを買った。まだ買っていなかったのだ…。でもチョコ選びは知名度の高さにまどわされずに、おいしそうと思ったものを買った。うちの近くにも以前あったのだが、砂糖の代わりに蜂蜜だけで作るケーキ屋さん「ハニーファーム」が新宿のデパートに入っていた。もちろん、チョコも蜂蜜で作られている。
s-IMG_0631いいチョコを買えてほくほくしながら、スタバで彼氏君を待つ。お腹をこわしていて、コーヒーが飲めないので、カモミールティーを片手に。
彼氏君に真っ先に今日の仕事よかったよー、という話をし、彼氏君もかなり饒舌にしゃべった。お互い疲れていたけれど、いい感じの疲労感だった。私は今週は今日を乗り切れば結構大丈夫なのだが、彼氏君は大変そう。今日のしゃべくりあいとチョコで今週を乗り切ってね。

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2005/02/13

禁煙154日 寝る子は育つ

昨夜22時過ぎには寝てしまった。そして、起きたのは、お昼の12時。14時間も寝るなんて…。
起きたら、寝過ぎで、頭はガンガン、腰も痛ーい。なんか一気に老け込んだような気分だった。頭痛はたまにあるにしろ、腰痛は初めてだ。
嫌なことがあると何でも寝て解決しようとするのが私のクセだ。
禁煙6日目にビッグウェーブに遭ったときもひたすら寝た。そうして起きた時にはビッグウェーブは去っていた。それ以来禁断症状で悩む時には、寝た、ひたすら寝た。
禁煙で私が最も失敗しやすいパターンだと思ったのが、吸いたい気持ちがいろいろと心の中に葛藤を持ってくる、その葛藤に付き合っていろいろ思い悩むと、それがストレスになり、逆に吸いたくなる、というパターンだった。
だから何も考えなければどうにか乗り越えられそうだ、と思って時間の許す限り寝ることにしたのだった。
寝ればどうにかなる、というのが禁煙生活で頭にしみこんでいるみたいで、禁煙だけでなく、他の悩みにも応用しているわけだ…なんて大げさなものじゃなくって、いろいろ思い悩むのに疲れたので寝ることに走っているのかもしれない。
昨日も約束をキャンセルして、十分にお昼寝していた。のに、今日の14時間は寝すぎだよー。と分かっていても頭痛と腰痛に付き合っているのが嫌で、さらにまた昼間から夕方にかけて寝てしまった…。おかげで、腰痛は治らないが、頭痛はどこかへ飛んで行ってくれた。悩み…これもなんとか日の射す方へ向かっていけそうだ。
14時間+昼寝…。結局今日はずっと寝ていた。寝る子は育つというが、もうこれ以上育ったら困る…。

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2005/02/12

禁煙153日 禁煙5ヶ月に思うこと

いろいろと悩み事はあっても、一番気をつけたいのは、自分だけが最も不幸だ、という考えの穴の中に入ってしまわないようにすることだ。自分が一番不幸だと思うことほど、不幸なことはないと思うから。
自分の穴の中に入ってしまわないようにしようとすると、自然と人の話に興味がわいてくる。ちょっとした言葉が心に響いたり、人の考えや、いろいろな話を聞くのが、とても興味深い。そうでもなければやってられない。自分自分自分では辛くなってくる。やっぱり、人生最後は自分、だけでなく、自分の周りにいる人なのだと思う。
そういう気分の時には、HPをめぐるのが楽しい。いろいろな人のいろいろな世界や出来事が広がっていて、面白くてとても気分転換になる。わざわざ会わなくても時間を問わず、いろいろな世界を飛びまわれるネットってやっぱりすごい。
いろいろネット仲間が助言をしてくれて、こつこつと一歩一歩進むしかないというようなことを言ってくれた。これって禁煙で5ヶ月間ひたすらやってきたことと同じなのでは、とはっとした。ひたすらにこつこつと仕事をする、今すぐにはどうにもならなくても、できることをやっていくしかないなぁ、と思った。禁煙の経験が生かせそうだ。
自分にとって辛いことからも、必ず何か得るところがある、と言ってくれた仲間もいた。禁煙なんかそうだよな~、辛いけどいい時が必ず来て、たくさんのことを得ることができる。それと同じで、きっと爽快な日がやってくるはず。
「ここが一番の踏ん張り時です、がんばってください」私のよく書くレス、そのまま自分にも言い続けよう。

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2005/02/11

禁煙152日 砂のお城

人間関係って、とても大切だけどとても大変だなぁ、と思う今日この頃。
今まで人間関係には恵まれてきただけに、今頃になってそんなことをつくづくと感じる。
学生時代は、もちろんいろいろなことはあったけれど、基本的には好きな人とだけ付き合っていればよかった。中学や高校などでは、嫌いな子が次々に転校したり留学したりで(私がいじめて追い出したわけではありませんよー)、かなりラッキーだった。自分にはそういう力があるのかも、とか大きな勘違いしたりしていた。
今は年もとり、社会生活の中で当たり前だけど嫌いだから口をきかないなんていうことはできない。ちょっと今、悩み事を抱えているので、昨日今日と久しぶりにタバコが吸いたくなってしまった。でも、タバコを吸ったら負けだ。自分を損なうだけだ、と思って実行にはうつさなかったけれど…。
そんな中、今日、yu-kiさんというRAという病気の方のHPで自作の詩を読んで、気分がすーっと落ち着くのを感じた。波がきて、何度でもさらっていってしまっても、大きな波がきませんようにと祈りながら、たんたんと砂のお城を作り続ける、という内容の詩だった。
何度も波が来てさらっていくけれども、私もたんたんと砂のお城を作り続けよう、と思えた。
学生時代、嫌いな人が転校していったというのも、転校するまではいろいろあって確かに悩んだりしていたはずだ。それを今では忘れてしまっているだけだと思う。だから、人間関係も時間が全てを解決してくれているんだと思う。その時間の解決がたまたま嫌いな子が転校していったりしたということに表れただけのような気がする。
そうなってくると、私はかなりお気楽なようで、嫌なことはあまり覚えてなくて、よかった人間関係だけ覚えているという、都合のいい記憶力をもっていることになるみたいだ。
きっと時間が経ったら、ここで悩んでいたことなども忘れていくのだろう。そう思ったらあまり考えずぎるのもばかばかしくなった。
どうにかなると祈りながら、砂のお城を作り続けよう、ちょっとずつ工夫しながら。

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2005/02/10

禁煙151日 愚痴りあい

いいこともあれば悪いこともあるもので、今日はあまりいい日ではなかった。
そのうえ、北風君が暴れまわっていて、すごい寒さだった。疲労とストレスで北風が骨身にしみた。
新しいクラスをもつのはとてもありがたいことなのだけど、そのために書類をそろえたり、準備としてあらかじめ決められていた日に、仕事で行けないことが発覚して、その調整をしなければならなかったり、新年度のために各校に健康診断書を提出しなければならず、健康診断にも行かなくては…などど手帳とにらめっこしていたら、めまいがしてきた。
そんな日の出講と北風は辛いものがあった。今日は新しい学校のほうなので、まだ戸惑うようなことが多い。
だから、彼氏君に帰りに会ったときは、思いっきり愚痴をこぼした。いつもは、私が愚痴をこぼして彼氏君はふーん、って聞いているだけなのだが、今日は珍しく、彼氏君も饒舌だった。やはり、彼氏君も社労士として働き出して間もないので、いろいろとあるようだ。
普段、あまり愚痴もこぼさない彼氏君だけに、たまにこんな風にいろいろとしゃべってくると、なんだか嬉しくほっとする。私ばかりがいつも助けてもらっているのでは、それはやっぱりあまりよくない関係だと思うから。
二人で思う存分思いのたけを語り合った。私は、父が弁護士事務所、私が行政書士事務所、しかも母は社労士事務所だから、彼氏君の事務所生活の話がよく分かるのだ。かけだしの社労士がどのようにして仕事を覚え、そのあとだいたいどうなっていくのか、環境が環境だけに私にはなんとなく分かる。彼氏君は元サラリーマンだから、その経験からすると思いもよらないことがあるわけで、私に話して少しは安心するみたいだ。
私は私で、会社経験がないから、組織のことがよくわからず、彼氏君に、こういうことってよくあることなのかなぁ、なんてきいてみる。それで、よくある、もっとすごいこともたくさんある、とあっさりと言われてほっとする。
私と彼氏君の組み合わせは、いつでもちょうどいい。

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2005/02/09

禁煙150日 ひたすらに感謝

今日は疲労がピークで、よく眠れないまま朝がきてしまった。今頃、禁煙の禁断症状の睡眠障害か?なんて驚いたけど、まぁ一時的なものだろう。
だから眠くて、出講が辛かった。
しかし、今日は出講が辛いなんて言ってたら罰が当たりそうにいいことがあった。
授業の自習時間に上司に、ちょっと、と呼ばれ、教室を連れ出された。昨日書いた私の敬愛する上司だ。うわ~なんかしでかしたか、私、なんてかなり不安に思いながら、上司の話をきくと、なんと、隣のクラスも持ってほしいということだった。隣のクラスの上司もよく知っている。5ヶ月ほど前までは喫煙所仲間だったから…。
これは、もう涙がでるほどに嬉しいお話だった。まず、講師の仕事が大好きだからできるだけやりたいし、しかも、それがこの私のホームである、障害者校での仕事だ。
新しい学校のほうと校風が違うので、それにとまどっていた時期に、上司や先輩講師に軽く愚痴ったりしていたのだが、先輩講師が口をそろえて言ったのが、ここのこの2クラスは天国なのよ~だからこれ以上の環境はないのよーーということだった。
その天国と呼ばれたこの2クラスを持てるのは、かなりの幸せものだ。しかも、ここで同僚になる大御所のパソコンの先生のこと、私は大好きで密かに尊敬しているのだ。
ここのところ書いてきたように、私はかなり周りの「人」に恵まれているということを、今日改めて知った。
ひたすらに感謝。

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2005/02/08

禁煙149日 遠い目標

今日は冷たい雨。小降りだったら傘はささないんだけれど、今日はさすがにさした。
もう、学校も修了が間近だから、のんびりしている。と、生徒さんも気が緩んでいるのか、授業中に私語が出てきた。いつもは上司が授業についていてくれるのだけれど、ちょっと上司が抜けている時。
生徒さんの私語というのは、先生からするととても迷惑なものなんだなぁと思った。私はおしゃべりなので、学生時代よく先生に怒られた。大学でも500人も収容できる大教室で、友達とおしゃべりに夢中になり、だまらっしゃい!!と怒られたことを思い出す。先生にこんなに迷惑をかけていたなんて、今までの私の先生、ごめんなさい…。
生徒が昨年4月に入校して以来、授業に関係のない私語はなかった。だから、今日はちょっと驚くとともに、今までクラスをしっかりと統率してきた上司であるクラス担任の力はすごいのだなぁ、と実感した。
このクラス担任(上司)は決して上から押し付けたりしない。いつも生徒の立場に立って、生徒と真摯に向き合う人なので、生徒からの信頼がすごく大きい。だから、上から押し付けなくても、生徒はこの担任についてくる。私たち講師に対してもそうだ。
禁煙142日の「恩師」で書いたこととだぶってくるが、上司の絶大なる統率力を改めて実感させられる今日みたいな日には、思わず上司の後姿、言葉、一つ一つを吸収したくてじっと見つめる。
生徒達へいろいろ言葉をかける。生徒のことをいつも考えているが、決して媚びてはいない。えばってもいない。
この上司は特別なのだろうか、私には真似できないだろうかと考えるけれども、自分と照らし合わせると、自分のお粗末さととても遠い道のりに気が遠くなりそうだ。
少しずつでも近づいていきたいな。

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2005/02/07

禁煙148日 宝石箱

月曜日の朝は必ず出講したくない病にかかる。登校拒否モードだ。
そんな気の進まない朝に限って、電車が人身事故で遅れる。しかも電車が来たのはいいが、止まってはちょっと進む、のろのろ運転。やけになって、このままずっと学校に着かなくていいや、なんて思い始める、だめだめののだ。
でも電車の中であまりにもイライラした反動で、その気分を立て直すための今日の心構えなどをとりとめもなく考え始めた。先生が気分によって授業を左右することはあってはならない。だから、どうにかイライラを収めたかった。
もうこの電車で心はすっかり疲れてしまったから、せめて仕事で復活したい。今日は人のいいところをいっぱい見つけて、吸収できたらいいな、なんて考えて心を立て直しつつ、ようやく学校に着いた。
人のいいところを見つけるためには、やっぱり観察しなければいけない。話にもよく耳を傾けなければいけない。今日は自分が話す気力も失っていたから、ちょうどよい日だった。いろいろな先生の聞き役に回って、同僚の先生の教えぶりや話も、よくみて、聞くことができた。
そうしたら、心が疲れてる分、いろいろなことがその人のチャームポイントにみえてくる。これは不思議だった。まさに自然に生まれたポジティブシンキングだった。人のいいところを発見するのって、こんなに気分のいいものなんだぁ、ってちょっとした感動だった。
これはHPめぐりをしているときの感動に似ている。人それぞれいろいろな世界が広がっていて、一つとして同じものはない。その個性を垣間見ると、嬉しくなる。
人の個性をいい方向に考えることができると、気分がいい。そしてその個性と向き合うことができると、とても大切なものを手に入れた気になる。宝石箱の宝石が増えたような。HPをやっている人だったら分かると思うが、リンク集なんかは、まさに自分の宝石箱で、別に更新してなくても日に何回も見てしまう。それと同じで私の周りにいる人は、それだけで私の大切な宝石だ。いい人間関係はそこまで大げさに言ってもいいと思う。自分だけが輝こうと奮闘するより、輝いている人が周りにいるほうが、なんだか幸せな気がする。
というわけで、結局今日はハッピーエンド、私の一番好きなパターン。でも月曜の登校拒否モードはこれからも続きそうだ…。

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2005/02/06

禁煙147日 そんなに凝視めるな

日曜日のこの時間帯になってくると、一抹の寂しさが沸いてくる。明日から、また、ふぅ~。
この気の重さはどうにかならないものかと、考えたりした。とにかく、もっともっと経験を重ねることが必要だろう。
でも経験を重ねる前だって、昨日書いたように、気の持ちようで楽しい気分になれないかなぁ、などと考えた。
いやだなぁ、じゃなくてもっと前向きになりたいのだ。明日仕事、うれしいーー、とかいうハイテンションじゃなくていいから、やってやろうじゃないの、ぐらいの気持ちがほしい。
こういうときにいつも読む一つの詩がある。これは高校生のときからいつも読み返してきた伊東静雄という人の詩だ。

そんなに凝視める(みつめる)な

そんなに凝視めるな わかい友
自然が与える暗示は
いかにそれが光耀にみちていようとも
凝視めるふかい瞳にはつひに悲しみだ
鳥の飛翔の跡を天空(そら)にさがすな
夕陽と朝陽のなかに立ちどまるな
手にふるる野花はそれを摘み
花とみづからをささへつつ歩みを運べ
問ひはそのままに答へであり
堪へる痛みもすでにひとつの睡眠(ねむり)だ
風がつたへる白い稜石(かどいし)の反射を わかい友
そんなに永く凝視めるな
われ等は自然の多様と変化のうちにこそ育ち
あゝ 歓びと意思も亦そこにあると知れ

                     (岩波文庫『伊東静雄詩集』より)

この詩は私をとてもラクにさせてくれる。考え込んでないで前を向いて進め、と背中を押してくれる。
さ、明日からまたやってやろうじゃないの。

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2005/02/05

禁煙146日 幸福になる決心

最近にしては久しぶりに暖かい、いい土曜日だった。
午前中、車を久しぶりに出して、食料品などのお買い物に出たが、そのままずっと車に乗ってどこか知らないところまで行っちゃいたいくらい、気持ちの良い日だった。
休みの日のお楽しみは、なんといっても、昼間に入るお風呂。窓から陽射しが差し込んで、夜に入るお風呂とはまた違った趣。この贅沢感がたまらない。
今日は気持ちがよかったのですっかりくつろいでしまい、お風呂から出るとそう時間は残っていなかった、彼氏君との待ち合わせまでに。急いで身支度を整え出かける準備。その合間に、母が風邪でダウンしているので、この薬ここにおいとくからちゃんと飲むんだよ、とか、あったかいコーヒーを入れたからできるだけ水分とってね、とかいろいろと世話をやく。母はまとわりつかれるのが嫌なタイプだから、早く出かけていいよ的に、適当に相槌をうっている。後ろ髪を引かれながらも出かけた。
今日は彼氏君のワイシャツや靴を選んだ。それから、突然甘いものが食べたくなって、喫茶店に入り、子供の時以来食べたことないんじゃないかと思うほど巨大なチョコレートパフェを食べた。出された時、顔を見合わせて笑った。さすがに最後まで食べられず、彼氏君にバトンタッチ。
ウィンドウショッピングでは帽子を試着して死ぬほど笑った。帽子をかっこよくかぶってみたいのだが、どんな帽子をかぶっても、どうしても笑いが出てきてしまうほどに、似合わないのだ。
しめはデパートのカバン売り場。最近へび革が流行っていて彼氏君はへび革をみるとすごく興味を示し、触りながら、ここらへんはへびのお腹の辺りだな、とか言う。そうしたら今日は売り子のおばさんが、笑いながら、彼氏君に一所懸命にへび革がどんなにすばらしいか話し始めた。それも、へびは厄除けになるとか、お金持ちになるとか、そういう迷信をセールストークで言っちゃうところにひたすら圧倒。
どうにかその場を離れたが、私は笑いが止まらず、へびのお腹触って変なこと言ってるからだー、と彼氏君をからかう。こうなると彼氏君はいつもの反撃に出てくる。彼氏君はもともと声が小さいが、さらに小さい声で、のの一人でしゃべって一人で笑ってる人に見えてるよ、うふふ、と言う。私が声が大きいので、そこを言われると痛い。何よーー、とか反論すればするほど、一人でしゃべってる人になってしまう。しかも彼氏君は、わざと一歩離れたりする。また、二人で笑いが止まらなかった。
こんななんでもないけれど、幸福な一日。
「人は幸福になろうとする決心の強さに応じて幸福になれるものだ」。あのリンカーンの言葉。
以前は、幸福になっていてはいけないものなのかとどこかで思っていた時があった。なんというか、幸福であることになんとなく罪悪感みたいなものがあったように思う。できるだけ苦労しなければいけないような…。
でも彼氏君に出会ってその考えは変わったように思う。どこかで決心した、というような大げさなものではないが、小さい楽しみを見つけて、いつも笑っているようになった。彼氏君を大切に思う分だけ、私の幸福になろうという決心は強いものなのだと思う。
そうでないとこんな幸福な一日を説明できない。

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2005/02/04

禁煙145日 買い物

今日は比較的暖かく、しかも仕事が休みだったので、休みを満喫した。
朝は早く起きなくてもいいのに、6時ごろにはいったん目が覚めてしまう。寒いし、お布団の中でぐずぐずしているうちに、うとうととしていた。あ~シアワセ~。
と思ったら、携帯が鳴る。メールがきたようだ。気づいたらお昼近い。さすがにもう起きようと、そのメールをみると、久しぶりの友達からだった。友達というか私の弟分だ。司法書士に見事合格し、今研修中らしい。栃木の実家から東京に出てきているのは知っていた。その研修の場所、○○っていうところなんだけど、知ってる?って。それ、うちのすぐ近くだから…。この弟分にも近々会うことになった。お祝いに地元で、おいしいものご馳走しよう。
それで、今日は時間もあるし、つねぼんさんのサイトの禁煙掲示板(幻覚症状掲示板)でレスを始める。
禁煙当初はここに行かなければ1本お化けに負けてしまいそうで、通っていた。今は、吸いたいと思うことがほとんどないのに、なぜか通っている。これは習慣のなせる業なのだろうか。自分でもどうして行くのか分からないのだが、行かないと何か気持ちが悪い。余裕がないときもあるが、基本的にレスをするのを楽しんでいる。
読んでないものを読んだりレスしたりして、一通り気が済むと、出かける準備を始めた。今日は別になんの約束もないのだが、そろそろお給料が入ってるはずなので(お給料がいつ入るのか未だに分かっていない…)、前から目をつけていたカバンをもう一度念入りに見て、よかったら買おうとしているわけだ。
私のカバン好きには周りも呆れている。たくさん持っているのにほしい。ほとんど使わないカバンも出てくるが、それでもカバンを捨てたことはない。私にとってカバンは一種のコレクションなのです。
わくわくするのと同時に、お金をはたくことにキュンと胸が痛むのを感じながら出かけた。
s-IMG_0609いろいろと店員さんに聞く。店員さんが、これは雑誌掲載商品ですよ~、とか言うけどそんなことはどうでもいい。まず、持った具合を確認。その次に鏡を見る。それで、素材を聞く。全て革。革でこういうキルティングは珍しい。四葉のクローバーのキルティングになっている。光物もついているが、これはスワロフスキーを使っているらしい。一番肝心なのが、ものがどの程度まで入るか。私はわりと荷物が多い派なので、これは重要だ。近くにおいてあった結構分厚い雑誌を入れてみたら余裕ですっぽり入った。いい感じ。少々重いのとお値段が難点だが、これから仕事などをがんばる上での大きなビタミン剤となるだろう。
ということでゲット。

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2005/02/03

禁煙144日 過去は変えられる

s-IMG_0593東京ではもう梅の季節になりました。でも、今日の寒さといったら…北風君、お願いだからもう少しおとなしくしてー。
こんな梅に出会うと、春はもうすぐ、という思いとともに、生徒さんたちの卒業が迫っていることを実感させられる。
去年の修了の時期には、朝のホームルーム恒例の生徒さんたちの3分間スピーチで、涙が止まらなくなった。今まで明るく楽しく学校に来ていたけれど、卒業も間近になると、1年を振り返ったり、ここに来るまでのことを初めて語ったりするようになる。
最後の締めくくりとして、パソコンの授業では、PowerPointを教えて、自己PRプレゼン制作に取り組む。そして一人ずつプレゼンを行うのだが、その時も涙が止まらない。こんなに明るく振舞っていたのは、そんな大変な苦労を経験してきているからこそなんだなぁ、とはらはらと泣けてしまう。
そんな時よく考えさせられたのは、過去を変えることができるのではないかということだった。過去はもう既成事実で変えられないものだと思っていたが、その後に真摯に道を歩いていけば、過去にも重要な意味が見出せるのではないかと思った。
去年の修了生で、夢だった幼稚園の先生になった途端に、脳梗塞に襲われ、家族が医者から助からないと宣告されるくらいになった人がいた。その後、奇跡的に意識を取り戻し、リハビリもがんばって、熱心に、でもとても明るく学校に通った。医療に携わる仕事に就くことを目指して、腱鞘炎になるまでPCもその他の勉強もがんばった。そして見事医療関係に就職していった。
こういう例は数え切れないほどあるのだが、そういう話を聞くたび、夢を諦めたこともまた、その人の人生に広がりを持たせることになったのだなぁ、と思う。彼女は、夢を諦めざるを得なかったが、今は病気で苦しんでいる人の役に立てているのだ。だから彼女は自分の力で、過去を変えていったと言えるのではないかと思う。
私はどうだろうか。まだ過去を変ええられた、とは言いがたい。司法試験の勉強をしていたことで、人生において必要な様々なことを犠牲にしていた、あの期間は無駄だった、という気持ちが抜けきれない。
この私にとってのブランクをどうやってこれから埋めていくのかが大きな課題だ。
とりあえず、夢を挫折したことによって、タバコを吸う人の気持ちも分かったし、タバコをやめて過去の清算をし始めた。
これが私にとって、最初の一歩、いや、半歩ぐらいになっているといいな。

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2005/02/02

禁煙143日 油、大盛

s-IMG_0582吉祥寺ぶぶかの名物「油そば」。ぶぶかはもともとはとんこつラーメンのお店です。でも私はぶぶかでとんこつラーメンを食べたことがない。いつもいつも、今日こそとんこつを食べるんだ、と思って、行列に並ぶのだが、自分の番になる頃には、「油、大盛で」って言ってしまうのだ…。「油」でしかも「大盛」…。
見てお分かりのように、この油そばにはスープがない。ただひたすらに、麺に油がからませてあるのだ。この油が香ばしくてなんともいえなくおいしい。麺は太麺。ここににんにくと、辛味をたっぷり入れて、よく混ぜてから食べる。
このよくまぜまぜするときがとてもいとおしい時間で、すぐには食べ始めない。香りとこれから食べるわくわく感を十分に楽しんでから、いざ箸をつける。箸をつけたらもうあっという間。幸福な時間はすぐに過ぎてしまって、満腹感とともに、また油そば食べちゃった、という罪悪感じみたものが襲ってきて、逃げるようにして店をあとにする。
私は麺のことになると分別がつかなくなる。麺であれば、もしかしたらいつまででも食べていられるのではないだろうか、と時々恐くなったりする。この油そばの大盛だって、まだ若い学生の、しかも男の子がオーダーするものだろう。
麺であればなんでも好きだが、特にラーメンとパスタと焼きうどんが好き。高校の頃、友達とパスタを食べに行った時、パスタが出された瞬間に人が変わったようにがっついている私をみて、友達に、ののは彼氏とか好きな人の前でパスタは食べない方がいいよ、って本気で言われたことがある。
大学の学食でも、ある特定のラーメンとパスタばっかり食べていた。うちの大学は学食が非常に充実していて、4階建ての大きな建物が丸ごと学食だった。その豊富なメニューの中で、ほとんどその特定のラーメンとパスタしか食べていなかったのだ。だから、私の周りの友達も、私とご飯を食べるといつも同じ店なので、辟易していたと思う。のの、鼻から麺でてるよ、って友達に笑われたこともある。それくらい、麺ばっかり食べていたということ。
私の体の組織はほとんど麺でできているのだろうな。

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