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2004/12/31

みなさん、ありがとう

今年が本当にもう終わる。
東京は大雪です。

昨日、禁煙したことが今年のマイビッグニュースだと言った。
禁煙して得たものが大きかったから。

その得たものの最大のものは、これを今読んでくださっているみなさんです。
禁煙してなかったら、HP立ててなかったら、出会えなかった人にたくさん出会えた。
そして、たくさん支えてもらった。

本当にみなさんありがとうございました。

新年が皆様にとって、幸多き日々となりますように。
たくさんの幸福が、この雪のように、降って舞って積もっていくような、そんな一年でありますように、お祈りしています。

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禁煙110日 年末テレビ三昧

日付が変わったので、もう大晦日になってしまった。
今日(正確には昨日)頭が痛くなるほどテレビをみた。

まずは、ドラマ「踊る大捜査線」。
これは何度見ても大好きで、いっつも織田裕二に惚れる。それが、何回もみてるのに、なぜか第1話は観たことがなかったことに今日気づいた。それでいろいろ、何かつっかえていた疑問、あーそうだったんだ~なんて解決してくれてスッキリした。これでめでたしめでたしのはずだったのだが、あのドラマ、織田裕二がかなりのヘヴィースモーカーだったのです。そんなことまで新発見しちゃって、う~ん、タバコ吸ってる織田裕二もかっこいい、うんうんこのタイミングで吸いたくなるよな~、なんて思ってた自分がこわかった。嫌いな人がタバコ吸っててくれるとこちらとしてはありがたいのだが…。とても自分勝手。

それから、映画「壬生義士伝」。
これはもう涙ナシには観れなかった。幕末の混乱の中、新撰組のメンバーとして生きた一人の男(中井貴一)を描いたものだった。家族を養うため、また、自分の義を貫くために生きて、そして死んだ。家族を養うためだったら、本当に卑しくなった。でもそんな中でも幕府を守るという自分の義を貫いた。
お金を稼いで食べていくことと、信念を貫くことを両立させるのは時に難しい。でもこの物語の中ではそれが見事に両立されていた。もちろん特別な人という扱いだったが。

これから、また「踊る大捜査線」をやるらしいので観てきまぁす。

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2004/12/30

禁煙109日 今年を振り返って

今年も残すところ本当にわずかとなってしまった。もうちょっと今年のままでいたかったけれど。

今年のマイビッグニュースはやはり禁煙。

全く期待しないで行った禁煙教室、たまたま教えてもらった禁煙掲示板、偶然に偶然を重ねてほぼ奇跡のように、禁煙のまま年を越せそうです、おかげさまで。
その間いろいろ考えさせられたり、また違った角度から物事が見れるようになったりして、嬉しかったり辛かったりいろいろだった。

そうして、最近よく思うのが、喫煙者だったことも悪くなかったな、と。
タバコと縁のなかった時には分からなかった、喫煙者であることの苦しみや悩みや寂しさや弱みを知ることができたから。自分の暗の部分をみつめることができたから。

タバコに自分の一番弱いところを握られていたとつくづく思う。だから縁を切ろうとするのがこれほどまで辛かった。けれど、タバコを吸っていたから、そういう自分の一番弱いところを見つめられたのだと思う。
一時期は、辛さのあまり、なんでタバコなんかに手を出したんだろうととても悔しがったり、タバコを吸っている人を否定する目で見ることで、タバコと縁を切ろうとしていた。それはそれで仕方なかったと思う。禁煙にはそこまでタバコを拒絶する心の力が必要だった。
でも、喫煙者だったから分かったり気づいたり得たりすることがとても多くて、なんだかそういう自分を責めるよりむしろ、感謝しなきゃ罰が当たりそうな気までしてくるのだ。自分が思ったより弱い人間であり、同時に、思ったより強い人間であることを知った。

支離滅裂だが、そんな実り多き日々の中で、今年を終えられることを、とても感謝しています。

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2004/12/29

禁煙108日 初雪&年賀状

s-IMG_0495今年ももう終わろうとしているこの頃、ついに東京は初雪に。窓の外の雪景色です。うーん、もうちょっと早く降ってくれれば、ホワイトクリスマスだったのに…。
夜になってからは、雪、もうだいぶ溶けてしまいました。明日の朝にかけて今度は路面凍結に注意だそうです。
さて、今日は年賀状な一日でした。ってまだ終わってなくて、パソの上でプリンターがゴトゴトいってます。
s-IMG_0504私のはとっくに終わったのです。これができたてホカホカです。分かりにくいかもしれませんが、酉年にちなんで千鳥格子模様にしてみましたーー。今回は面倒くさがりの私としては早く年賀状できました。例年、延ばし延ばしにしていたら、年が明けてたなんてザラなので、よくやった。うん。
で、問題は、母のです。母のは400枚です…。しかも自分では何一つできないので、私がやっているわけです。
父が生きていた頃は連名で3000枚近く出していたので、さすがに業者にやってもらっていたのですが、亡くなってからは、母が「私のはすごく少ないし、ののやって」って、あのー少なくないんですけど…。本当に自営業のサガです、年賀状印刷の苦しさは…。私も行政書士を開業してから年賀状が激増したので、いつか400枚とか出すようになるのかなぁ、かなり不安です。

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禁煙107日 ど根性

禁煙セラピーにも書いてあったが、我慢我慢の禁煙、私はど根性の禁煙と呼ぶが、それでは続かないのかな、と思う。辛いものはやはり続かないし、続かなかった時のショックも大きい。
人それぞれでいいと思うが、私は昔から、根性論は好きになれなかった。とかく根性論に走りがちだった中学の時の運動部には入部しなかった。区の運動大会にも中学の代表として選ばれたことがあったが辞退した。それは中1の時で、選ばれたからといってどうせ補欠にしかならないことは明らかで、誰にも迷惑もかけなかったから。
そんな私が、司法試験だけはまるで人が変わったみたいに、ど根性でやるようになった。自分にムリを強いた。成績は良くなったが、それは自分ではなく自分以上のものだった。だから、とても疲れ果てた。
司法試験をやめた後、疲れ果てていたにもかかわらず、がんばることをやめなかった。疲れ果てていたから、がんばるにはタバコが必要だったのかもしれない。
それからは、がんばって根性で禁煙しようとした。けどやっぱりムリだった。それが、何気なくやった禁煙が今でも続いている。
今、やっぱりど根性は私には性に合わないと思う。ど根性で物事をやると私の場合、自分が自分ではなくなってしまう気がする。力を抜いて、自分のいるべきところにいるのが一番なのかな、と思う。

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2004/12/27

禁煙106日 捨てられないもの

s-IMG_0491今日は父の肺がん闘病記を更新した。
そういうことすると、またいろいろと思い出が蘇ってくるものだ。これは貯金箱。私の物心ついたときから家にあったような、古いものだ。うちの父も母も、ものを捨てられない性分なのだ。だからこまこましたものが家の中にたまっていく。私はそれに反発して、割と潔く捨てるタイプだ。
だから、このような貯金箱も、本来、とっくに捨ててあるべきで、私の部屋にはないはずのものである。これが捨てられないのは、父が最後の方に自分の部屋にたまたまあったこの貯金箱を私に手渡したからだ。この貯金箱には「わたしのこと忘れないで!」と書いてある。死期が迫っていることを本人も知っていたのだろう。ひとりきりになるのをとても嫌がったし、自分が全くなくなってしまうことを恐れていたと思う。死ぬのって思ったより怖いことだ。
そんな心境で私に手渡したものであることを分かっているから、この貯金箱は捨てられない。
ちなみにお金は入っていなかった…。

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2004/12/26

禁煙105日 愛車

s-IMG_0474私の愛車。車の運転は好きなほうではないけれど、この車は大好き。
うちの両親は免許をもっていない。学生時代免許をとった時には、父と二人で、初めての車選びに毎日でかけた。車がなかったから、自転車で中古車屋を回った。初めて運転するには中古車で十分という方針だった。そして、一代目の車が我が家にきた。本当に中古車でよかった、随分いろいろなところにぶつけた。今の車と車種は一緒なのだが、とにかくハンドルが重い。そのせいです、ぶつけたのは…。(うそ)
ようやく、腕も認められ、というか、その一代目の車があまりにぼろぼろになってしまったので、新車を買うことになった。でも父も私も、自転車で一生懸命探し出した一代目に、とても愛着があったので、二代目も同じ車種にすることにした。
この車を買ってまもなく、父は病気になった。でも、この車は大活躍。父が外泊で家に帰ってくるときとか、病院から事務所に行く時とか、その他にもたくさん、家族でいろいろなところに出かけた。だから、最後は父といろいろなところをドライブした。その時は何が何だか分からずにただアシになっていたが、今思えば、楽しく切ないドライブだった。たくさんいろいろなところに行き、たくさんいろいろな話をした。父はそれまで仕事がとても忙しかったから、こんなに話したのはそれまでなかったのではないかな。父はこの車に乗るのが大好きで、「車買ってよかった、ほんとよかった」と何度も言っていた。こうやって父のアシになったのが私の最初で最後の親孝行だったかもしれない。
なんて、思い出の詰まった車です。罰当たりな私は、この車の天井にタバコのこげをつくってしまいました。
今日はこの車で、祖母のところへ。カゼなどをひいていたので、祖母のとこ、しばらくぶりだったから、とても喜んでくれました。

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2004/12/25

禁煙104日 砂時計

今日もとにかく寝て、楽しむことに気を向けつつ、少し頭を整理する一日だった。喫煙欲求はなかった。
本当に禁煙の継続は、ストレスとうまく付き合うということの裏返しなのだと、強く思う。
でも不思議だ。司法試験の勉強していたときだって、ものすごい競争社会にいて、ものすごいプレッシャーとの戦いの日々だったのに、タバコは吸っていなかった。あの頃どうやってストレスと付き合っていただろう。
そういえば、ストレスでどうしようもなくなると、いろいろなものをシャットダウンして、大学に一人で行っていた。多摩の大自然の、そして思い出深い、母校にこもった。勉強はどうしても毎日少しでもやらなければならなかったので、勉強から逃れることはできなかったが、未来に対する不安や、いろいろな競争意識の渦からは逃れることができた。未来だとか、周りの受験生のこととかをシャットダウンできたからだ。そうして自分のやるべきことに集中力を取り戻していったように思う。自分のやるべきことに集中しているときにストレスはなくなっていた。
その時、ある本で読んだ、一つの好きなイメージがあった。人生を砂時計と考えてみる。砂は一定の速度でくびれた部分を通過していく。自分はただそれを見ているしかない。焦って、たたいたり振ったりしたら、砂が止まってしまうし、壊れてしまうかもしれない。だから余計な手出しをせずに、ただ砂が通過するままに放っておくのがいい。一日にやれることは限られている。だから砂が落ちていくように、それを淡々とこなしていくしかないんだ、と、つらい時自分に言い聞かせていた。こうやると、いろいろな心の喧騒から逃れられたような気がした。
この砂時計の例えは、今でも大好きだ。ただ砂が通過するままに放っておく、ただそれを見守る、これはなかなかできそうでできないことだと思う。自分の砂時計や他人の砂時計をこうやって見守ることはその人生に愛情がなければできないことだと思う。自分に対しても他人に対しても、こういう愛情に満ちた目線をいつでも持てたらいいなぁと思う。

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2004/12/23

禁煙102日 吸いたい

つい2日前に100日の喜びを書いた直後なのに、何故なんだろう、吸いたい。
今までも吸いたいと思うときは、ちょこちょこあった。でも、こんなに吸いたいのは、禁煙6日目にやってきたビッグウェーブ以来のことだ。その時以外は、睡眠障害にも禁煙鬱にもならず、目立った禁断症状を感じずにここまでやってきていたのに。
吸いたいなぁ、となんとなく思っているのではない。後で買おうとまで思ってしまったのだ。結構、切羽詰まってしまった。どちらかというと暗めな気分なのだ。
今日はうちで、彼氏君とクリスマスのお祝いをした。お菓子をたくさん買ってきて、テレビを見たり、おしゃべりしたり、昼寝したり、楽しい一日だった。のに、なぜなんだか、吸いたくなってしまったのだ。
思い当たる節としては、やはり年明けからの新しい仕事について気分が重いということだろうか。でも何故こんなに楽しくて幸福なはずのこの時に、こんなに吸いたいんだろう…。
彼氏君の必死の説得で、今日はなんとか乗り越えられた。吸いたくなったらとにかく寝る、というのが今までのポリシーなので、今日はもう寝ます。明日のことはまた明日考えます。

(関係ないですけど、年末年始、いろいろお付き合いもある関係で、日記休みがちになるかと思いますが、ご了承くださいませ。)

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2004/12/22

禁煙101日 オレンジ色な一日

今日はとにかく寝た。私はいくらでも眠れる体質なので、寝ようと決めた日にはエンエンと眠り続けるのだ。
起きたのは一応昼頃だが、また寝て、再復活したのは夕方だった。まだ寝ていたかったのだが、今日はドラマ「オレンジデイズ」の再放送をみると決めていたので、無理やりに起きた。
大学生の青春ドラマ。う~ん、いい。これを見ると、大学時代のことを思い出す。学生の頃は私も主役の柴崎コウばりに、わがままだった。嫌いなものは嫌いと言い、嫌なことはしなかったというかせずに済んだし、好きなことに貪欲だった。うん?ここまで書いてきて、あまり今と変わってないななんて…。いや、あの頃はもっとズバズバとものを言っていたような気がするし、価値観もちょっと今と違ったと思う。人を変えられると思っていたかもしれない。
その当時の彼氏にタバコやめさせた覚えがある。その頃タバコの煙が大嫌いで、彼氏がタバコ吸い始めると、有無を言わさずタバコの火をもみ消してた。その彼はとてもプラス思考だったので、おかげでやめられたよーーなんて感謝されちゃったりして…。本当に学生の頃はやりたい放題、言いたい放題だった。
社会人になるとそんなわけにはいかない。そういう風にして何かひずみがでてきた場合、全部自分に返ってきてしまう。若い時はそんなのも跳ね飛ばすパワーがあったけど、もうそんなの全部受け止めるパワーなんてない。だから、できるだけ自分が傷つかぬように、注意深く振舞うようになったのだ。
そんなことを考えて、一抹の寂しさを感じながら、西日でオレンジ色に染まった部屋で、ドラマをみていた。そんな一日。

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2004/12/19

禁煙98日 緑茶

禁煙して味覚、嗅覚が戻ってきたことで、お茶が昔のようにおいしく飲めるようになった。
タバコを吸っていた時は、とにかく喉が乾いた。それで緑茶を、がぼがぼと飲んでいたのだが、味なんていっこうにお構いなし。それを察知した母は、とても安~いお茶を私に渡すようになった。私もそれで不満などなかった。
しかし、禁煙してからは昔のように味にこだわるようになり、いただきものの高級緑茶を飲んでいた。が、母からそんなに飲んでしまうなとのクレームを受け、お茶を探さねばならなくなった。と、ちょうどいいことに母が口コミで、近くにおいしいお茶を売っているところがあるとのことで、早速手に入れた。
値段は私が描いていたのより、安め。大丈夫だろうか、と半信半疑で飲んでみたら、すごくおいしいのだ、これが。お茶の味は値段に比例するとの定説の見事なまでの例外だった。
『農家呑茶』という名前のお茶で、静岡で生産家が飲むために作られたお茶だそうだ。粉茶、茎茶などの分別作業をせずに作られているので、ローコストでワンランク上の味が味わえるというわけだ。
こういうお茶を飲むと、お茶に限らず、生産家、もちろん漁師さんや農家さんも、とても豊かな生活をしているんだなぁ、と思う。その場で、自分の手で得たものを豪快に食べられるというのは、どんなに得がたい幸福の時だろう。粉茶だかなんだか選別しないで、とってきた「お茶」をそのままに味わう、これこそ本当の「お茶」なんだなぁと思って、感謝しつつ飲ませていただきます。
本当にそれほどまでにこのお茶は感動ものだった。

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2004/12/18

禁煙97日 スモーカーズフェイス

昨日、人間観察が近頃の趣味であると言った。いろいろな人の顔を見るようになり、スモーカーズフェイスが気になり始めた。
昨日はとても魅力的な女の子をみた。スタバでだったのでタバコを吸わないことはまずは明らかだった。顔つきも地味だがきれいだ。服装には、その子の地味なんだけれど流行に惑わされず、遊び心を忘れない趣味というのが密かに漂っている感じだった。この辺は私も女子高出身なので、するどく観察してしまう。
店内に入ってきて、お菓子の並んでいるガラスケースの中を、密かに目を輝かしてみている。コーヒー選びも丁寧にメニューをみて選んでいた。私なんかいつも、「本日のコーヒー、ショートで」で終わりでメニューもろくに見たことなかったので、今度からはいろいろ冒険してみようと思った。
とにかく、この子の、内に秘めた好奇心あふれる眼差しがとても魅力的だった。
さて、人を顔だけで判断することは間違いだとは思う。だけれど、顔や表情には、その人の人生がある程度表れてしまう、と思うのだ。喫煙者独特の顔を指して、スモーカーズフェイスとよく言われる。しわの目立ち方、顔色なども当然のことだが、表情も喫煙者独特なものがあると思う。やはり、魂をタバコに売っている人の表情は冴えない。目がうつろで濁っている。いろいろ経験してきたけど、人生なんてそんなに面白いことないよ的に、変に悟った表情になる。これはかつての私の表情そのものだ。
今どういう表情をしているだろうか。タバコをやめて3ヶ月ちょっとで、スモーカーズフェイスがきれいさっぱりなくなった、なんてことはないだろう。けれど、少しずつ人生を取り戻していっているその速度で、表情も豊かなものになっていければいいなぁと思う。

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2004/12/17

禁煙96日 見えていなかった朝の情景

私の勤めている学校の沿線に、小学校から大学までの一貫教育の学校がある。
この間、朝、電車で前に座ったのは、その学校の生徒達だった。高校生の男の子達に紛れて、小学校1年生ぐらいの坊やもいる。小学生同士、高校生同士、で分かれているのではなく、混じっているのだ。
高校生の男の子達は、あまり今時ではない、にきびを顔にいっぱいつくった素朴な子達。混じっている小学生も昔いたような素朴な坊や。
同じ学校の知り合いが前を通っていく。高校生達はあいさつ、というものでもなく、軽く会釈をして、それから、坊やの頭をポンとしていく。
この情景がなんともほほえましくて、幸せな朝になった。
朝、喫煙時代は特に喫煙欲が高く、結構長距離通勤のこの最後のあたりでは、学校へ着いたらタバコを吸おう、吸いたい、で頭が一杯だったような気がする。きっとこのような情景は毎朝繰り返されていたはずなのに、なんだか、見えていなかったようだ。
禁煙するといろいろなものが見えてくるものなんだなぁと思う。人間観察が最近の趣味になった。

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2004/12/16

禁煙95日 裏声と地声

今まで、季節感ゼロだったことを反省し、クリスマスまでのたった1週間ですが、クリスマスバージョンにしましたーー。上のサンタ、何かが足りない。そう、ここまでサンタを乗せてきた、トナカイ君が逃げちゃったのです。このページ内にいるはずだから、探してみてね~。

さて、この間、テレビに米良美一さんが出ていた。そう、あのもののけ姫の歌を歌っていた、カウンターテナー、つまり、裏声で歌う男性シンガーだ。数曲歌ったが、かなり感動した。そしてトークもおもしろかった。彼の話によれば、カウンターテナーというのは、裏声を鍛え、さらに地声と裏声の境目をなめらかにする訓練をするそうだ。
そういう訓練、私もしたい!と思った。カラオケに行くと、裏声と地声の境目あたりの音域の曲に悩まされる。あの境目あたりほど、自分を歯がゆいと思う瞬間はない。コーラス部だったときも、その境界線上の声を出すのが大変なので、裏声一辺倒のソプラノに陣取っていた。
歌のように、普段の生活でも自分をこういうふうに、歯がゆいと思うことが沢山ある。
自分の「声」にあたる、もともとの「性格」があったとして、それを日々の生活で表現していく時、裏声にあたる表というか良い子の部分、と、地声にあたる、裏というか悪い子またはそれに憧れる自分の両面があると思う。この両方をいいバランスで、しかも境目を滑らかに、飄々といけたらどんなにいいだろうと思う。実際には、私は自分の中のいい子の面との境目をうまく埋められなくて、いきなり、悪い子の表現でタバコに手を出したのだと思う。
タバコを吸わなくなった今、やはり、裏声と地声の境目のあたりで、よろよろとしている自分がいる。この境目を滑らかにするには、きっとある程度の訓練と言うか経験の積み重ねが必要なのかもしれない。あとは、歌でもそうだったが、自分の声の質をよく知っていることが必要だ。
でも、自分ほどわからない存在はないと頭を抱える、今日この頃なのである。

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2004/12/15

禁煙94日 禁煙で出会えた笑顔

私の生徒にMさんという人がいる。40代半ばの男性。Mさんは脳梗塞で半身が不自由だ。杖でゆっくりゆっくり歩く。何をやるのもゆっくりゆっくり。でもいつも、ニコっというかニヤっというか、独特の笑顔を浮かべている。その笑顔で、なんともおかしみのある話をする。
だから、Mさんはクラスメイトにとても大切にされている。MさんのペースでMさんと一緒に教室を移動する。自分も足が不自由な人がMさんのカバンを持ってあげる。
しかし、当初、入校選考でMさんを合格させるかどうかについては、上司の間でとても議論になったようだ。ペーパーテストの成績が思わしくなかった。あまり授業についていけないようだと、その人自身がかわいそうなことになる。だから、本来だったら不合格のはずだった。そこを私の上司が面接をやった感触から、入れたい、自分が面倒をみるから、といって合格にしたらしいのだ。
上司は人を見る目があった。Mさんは今や、クラスメイトの熱い支持を受けて、学級委員長もやっている。
そんなMさん、先生という立場からすると、正直大変に思うときもある。脳の方にも問題があるらしく、見本どおりの文章をうつことも困難だ。彼専用にもう一人先生がいたらいいなぁ、と思うときもあった。
でも、どうしても憎めない、おかしみのある人なのだ。教えていてイライラしてこないのだ。彼のペースにのまれて、しかもそれが心地よかったりする。
そんなMさん、私がタバコをやめたことにいち早く気づいた。
「(ニヤリ)、先生(ニヤリ)、最近タバコ吸ってないでしょ(ニヤリ)」
この「ニヤリ」は禁煙してからの私の宝物の一つになった。

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2004/12/14

禁煙93日 自分で決める

昨日、今日とair兄とコメント欄で話し合ったのだが、喫煙者時代「タバコやめろ」って言われるととてもむかついた覚えが強い。その人は私の体を心配して言ってくれてるのは分かる。でも、申し訳ないが余計なお世話なのだ。禁煙という正義をふりかざして、あなたのこと思っているのです的態度で、おしつけがましく上から言われるのが嫌だったのだと思う。禁煙は自分の意思できめること、人から言われてやるものではない。
なんでもそうだと思う。だから、いつも気をつけているのは、人の意思をできるかぎり尊重していきたいということ。その人の事情とか個性とかがある、それを大切にしていって欲しい。だからそれに口を出すことは、相当の何かがない限り、私の中で大罪なのだ。
小学校から高校まで、学級委員や合唱コンクール指揮者をやって、みんなを統率していく仕事をしてきた。これは、その中で学んだことなのだが、命令したら人は動かない、動いたとしても必ずどこかにひずみがでて、うまくいかない。透明な存在でいることが必要だった。
彼氏君もそういう人なのだ。人に口出ししない。だから、禁煙しろと言ったことはない。言われてたら、今頃禁煙できていなかったのじゃないかと思う。とても感謝している。
で、人に禁煙しろとは言えないとして、どうやったらその人自身が自ら禁煙する気になれるのかという問題がでてくる。多くの人が、多かれ少なかれ禁煙したいと思っていると思う。それを実現するきっかけをはたして、禁煙しろと言う以外に、作れることができるのか、この問題は難しすぎてまだ全然わからない。

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2004/12/13

禁煙92日 恐れ

禁煙掲示板を見ていて最近思うのは、禁煙始めることや、喫煙しそうな場面を初めて乗り越える時なんかは、結構勇気が必要なんだな、ということ。みんな恐れを抱くんだなぁと。
かくいう私も、禁煙始めるときは、結構怖かった。何回か挫折していたので、また挫折するんじゃないか、自分に裏切られるんじゃないか、と恐れていたのを思い出す。禁煙開始後、初めて学校の仕事に行く時も怖かった。初めて喫煙者の友達と会うのも怖かった。
大げさかもしれないが、何か崖っぷちにやっとつかまっていて、そこから落ちたらどんなに大怪我をするだろう、というような心境。でも実際手を離してみると、地面は意外と近かったし、とても気持ちのいい芝生に降り立ったりするものだった。
だから、恐れを克服する方法は、やってみないとダメだ、と思う。まず、手を離してみないと。それで、死ぬわけじゃない。タバコにつかまっている方が、よほど死ぬ確率が高いのだから…
今日、新しい仕事の打ち合わせに行ってきて、少なからず、大丈夫だろうか、できるだろうかという恐れを感じている。でもこれも、禁煙して学んだように、まず、手を離してみようと思う。どんな地面が待っているかわからないが、まず降り立ってみよう。

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2004/12/12

禁煙91日 禁煙ちょうど3ヶ月

おかげさまで、今日で禁煙3ヶ月です。
9月12日からスタートしたので、毎月12日は私のタバコ命日です。
とはいえ、今日もタバコのことを考えない日です。考える日もあります、もちろん。でもそれは、とても微かで、何かが物足りないような、でもまぁいいや的に通り過ぎていく感情の一つにすぎなくなりました。吸いたいと思ったときなんかは、よっしゃー、これで今日の日記ネタげっとーーなんて思ったりする罰当たりののです。
そう、なのでタバコネタはほぼ底を尽いているのですが、相変わらず禁煙にしがみついているのはなぜかといいますと、やっぱり、禁煙って、私にとって、人生を振り返るきっかけだったのです。人生を前向きに方向転換するきっかけだった。だから、続く限り、禁煙という角度から人生のこと考えたいなぁ、それで、人生のかじをできるだけ前向きにとっていきたいなぁ、と思っているのです。あくまで、続く限りですが…
その結果、誰かの禁煙の手助けになれたなら、これはものすごく嬉しいです。これは目的にはあえてしないことにしています。誰かの禁煙を手助けするために書いている、なんてすごいことはまだ全然言えません、というか一生言えません。あくまで、自分の毎日考えたことををつづってそれが人の琴線に触れたならばいいなぁ、と思うだけです。結果ではなく行為、過程に価値を見出したいのです。
こんな偉そうなこと言ってますけど、読んでくださる方がいなかったら、このブログ続いてません、確実に。みなさん、これからもよろしくです。
3ヶ月記念に(?!)デザインをまた、元に戻しました。くじらさんも別れづらかったのですが、どうしても、サイドバーの領域が足りなくて…。

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2004/12/11

禁煙90日 効果は徐々に

この間、80日だと思ったら、もう90日。このごろ時間がとても早く過ぎるような気がする。やはり師走だ。

昨日も書いたが、私は物事があまり長続きしない傾向があった。最近悟ったのだが、物事を長続きさせるためのコツは、効果を焦らないということが一つあると思う。
禁煙では、最初の1週間をクリアしたとき、がっかりした。いいことがそんなに起こらなかったから。もっと輝かしい何かが起こると期待していたのだ。運良く、その後も続けることができたが、こういうところで諦めていってしまう人が多いのではないかと思う。
仕事でもそう、がんばったら、すぐに認められたいと思う。夢を追いかけて努力している時も同じ。だから、裏切られるとがっかりする。すぐに投げ出す。
でも実際には、もうちょっと、腰を落ち着けて、様子をみなければならないと思う。
種は一生懸命土を耕して、蒔いたからといって、すぐに花を咲かせるわけではない。じっくりと土の中で眠っている時間がある。芽を出して成長していく過程もある。それを気長に待てる人だけが、花をみることができる。
我々は、とても忙しい世の中にいる。時間の感覚がちょっと忙しすぎてしまうことがある。でも実際には、物事は、ゆっくりと、そして大きく動いていくものだと思う。この流れを感じることができれば、物事を続けていく力になるのかなぁ、と思う。
だから最近、「効果は徐々に」と自分に言い聞かせている。

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2004/12/10

禁煙89日 続けること

昨日、ここまでココログを続けてこられたことに驚いて、それから「続けること」という言葉が頭を離れない。

もともと私は、習い事などもあまり長続きしない性格でした。走るのも短距離専門、長距離は苦手(これは関係ないか)。まぁ、短く言えば飽きっぽいわけです。
だけど、この禁煙日記だけは、続けようと、なぜか最初から思っていました。とにかく毎日毎日、新規作成画面を開いて、そこに一言でもいいから書き込もうと思っていました。
書くことがない、気分が落ちていて書く気分じゃない、というときも、それを続けました。なぜかというと、そういういろいろな自分も、文章というカタチにして残しておきたかったからです。気分が落ちていてもいいじゃない、それも自分なのだから堂々と、なにか書こうよ、みんなに何か言おうよ、って。
そういう変な意地と生来の頑固さで、一日も休まず何かを書いてきたことは、本当に奇跡みたいです。
それで、続けてみた効果…、これがなかなか大きいのです、自分の中で。そう、禁煙を継続している時に感じるものととても似ているのです。仕事でだんだんとキャリアを積んできた時の気持ちにも似ています。最初はとてもちっぽけで薄っぺらかった何かが、積もり積もって大きく育っていくのを見ているような、そんな気分です。じわじわとくる充実感というのでしょうか。
「続けること」は必ず何かをもたらしてくれる、と信じて、いろいろなこと、今日もコツコツとやっていこうと思うののです。

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2004/12/09

禁煙88日 ココログと私

は~い、また、がらっとデザインを変えてみましたー。niftyが今日から、こういうイラストのデザインも提供してくれることになったみたいです。ので、早速。このデザインの名は「森のくじら」です。森にくじらさんが優雅に泳いでいるのっていいなぁ、と思いまして。これからも新デザイン続々出てくるみたいなので、いろいろ変えていきたいと思いま~す。
今日は「ココログと私」というお題で書いてみたいと思います。なんだか、niftyのブログ「ココログ」が一周年記念ということで、このお題でトラックバックを募集しているようなのです。

私がHPを立ち上げたのは、禁煙日記をつけるため。禁煙していると、辛いので、日々いろいろ考えることが多くなり、どうせならそれを文章にして残しておこうと思ったわけです。それを公開することにより、ひょっとして誰かのお役にも立てるかもしれないし。
それで、紆余曲折はあったにしろ、日記となるとブログが便利ということで、もともと所属していたniftyのココログを選んだわけです。
かくして、日記がスタートした。記録によれば10月28日から始まっている。え~?って今自分でも驚いてます。1ヶ月をゆうにこえている…。こんなに日記が続いたことが、のの史上あっただろうか!いつも3日しか続かなかったじゃないか!
なぜこんなに続いているのか。思い返せば、最初の頃は、ラクだった。なぁんにも考えずに書けた。なぜなら禁煙ネタが自分の中に豊富にあったから。でも、だんだんネタも切れ、少し欲が出てきた時もあった。書くことがない時も書いた。書きたくない時も書いた。なぜか、どうしても、これだけは続けたかったのです。
でも、続けてきてよかったと思っている。心底。嬉しいコメントもいただけるようになった。何より、この日記を書く時間は私にとって、聖なる時間となっている。普段、てきとーに生きているので、自分に問いかけて考えるこの時間は、生活の中で必要なものになっている。
ココログ、ありがとう。読んでくださっているみなさんもありがとう。これからも、多分、書き続けます。

って、大ショーーーーーーック!!今トラックバックしようと思ったら、もうお題が変わってた…
でも書いてしまったから、今日はこれをUPします(しょぼーーん)

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2004/12/08

禁煙87日 禁煙の不安も力にかえて

今日は、例によって、箱根駅伝ばりにヘトヘトで、家にゴールしたと思ったら、ビッグニュースが舞い込んできた。といっても個人的なニュースなのでみなさんには退屈かもしれないけど、きいてください。
ずばり仕事の依頼です。パソコンインストラクターの方の。
ここのところが、ちょっと複雑なので説明が必要なのですが、まず、私は東京都の産業労働局というところの所属です。そこの非常勤の公務員ということです。とかいって、都庁の産業労働局なんて行ったことないのですが…。
それで、メインで障害者校で講師をやっています。でも、他の一般校もかけもちしていて(仮にA校とする)、そこで二つの科を教えていました。障害者校もそうなんですが、一つの学校にもいろいろな科があるのです。ビジネス系の科とかアパレル系だとか。
そのA校から電話があり、1月から、もう一つ、違う科で教えてほしいということでした。私は講師の仕事がとても好きなので、行政書士の仕事をけずっても講師の仕事やりたいのです。だから、もう悩みなし!二つ返事でお受けしました。
東京都の講師は年齢層が高いのです。ある程度のキャリアバリバリの人、そこから引退してきた人など、そうそうたる先生がいます。そこで、私が講師になった当初は結構、風当たりがありました。若いのであまり講師として認知してもらえずでした。でも経験を重ねて、一生懸命やってきたことが、こうやって声をかけてもらうまでに認められてきたというのが、とても嬉しいのです。
もちろん、かなりプレッシャーは感じています。正直、禁煙大丈夫かなぁ、なんて不安まであります。でも新しいことをする時って、どんなベテランでもプレッシャーはつきものですよね。だから是非ともこのプレッシャーをよい方向に向けてまたがんばっていきたいと思います。

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2004/12/07

禁煙86日 ばかのススメ

以前、禁煙掲示板の有名人、まじめいっぽんやりさんが、禁煙継続のコツとして、「ばかになることだ」と言い切ったことがあります。その文章の全文は、「ことだま」というページに貼り付けてあるのでご参照ください。
これは、その時も、結構、開眼ものだと思っていた。
でも、この言葉、最近じわじわと、実感として感じるようになってきた。特に仕事で。
今までの私は、パソコンインストラクターの仕事に生きがいを感じつつも、いつもとてもプレッシャーを感じていた。「先生なんだから、プロなんだから、パーフェクトでなければいけない」
だから、仕事の前日はとてもイライラして、追い詰められた気持ちになるし、夜も眠れない、仕事の日の授業までの時間もとても緊張してイライラする、結果、タバコをばかすか吸う。
こういうふうに、仕事の重圧がタバコを吸うことに、かなりの割合で結びついていた。
それが、最近(今日も)タバコに結びつくべく、重圧を感じない。
最近「ばか」になってきた気がする。あんまり、先のことを悩まないのだ。でも決して手を抜いているわけではない。授業、その時になったら、一生懸命、誠心誠意働く。分からないことがあってすぐに答えられなくても、時間をもらって、解決する。
「分からないことがあったらプロとして恥ずかしい」、などという自尊心に縛られて、自分のプライドのために仕事をするのが、バカらしく思えてきた。自分のためではない、あくまで生徒のために働く、という当たり前のことが、私に「ばかになれ」とささやく。
本当に、バカになると、喫煙欲求が驚くほど減少する。最近の発見。

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2004/12/06

禁煙85日 禁煙を支えるもの

禁煙掲示板の管理人、つねぼんさんのブログ「Tsunebomblog」に「禁煙1週間たっても、最初の3日よりも吸いたくて吸いたくて頭がおかしくなりそう」という相談が載っていました。
その気持ち、よく分かります。私の場合、最初の5日間は禁煙教室に通ったので、なんなく通過できました。が、そのあとの6日、7日です。眠くてだるくて、とても落胆しました。「いいことないじゃん」。
禁煙教室でも、禁煙した友達にも、「禁煙はいいことばかり」と聞いていたので、過大に期待していたのかもしれません。
では、なぜそこで禁煙を続けられたか。
それは、強い禁煙動機を持っていたからだと思います。禁煙教室でのレクチャーをきくにつれ、「自分の意思だけが自分を動かす」ということを強く感じるようになりました。
そして、禁煙教室の指導で、禁煙動機を紙に書き出すように言われ、その紙をずっと読み続けて耐えました。今も寝室に貼ってあるのですが、内容は、

1.喫煙によって、多くの時間と人との交流で損をしているから
2.罪悪感を感じるから
3.口内炎、咳、下痢がひどく、体の不調が精神的にもマイナスになっているから
4.タバコの奴隷から解放されたい

ここで4の項目が、一番の動機でした。人生の主人公の座を取り戻すんだ、と強く思っていました。タバコの奴隷から解放されるには、とにかく吸わないことしか方法はないわけです。だから、いくら辛くても吸わないことを続けられました。
禁煙でのいいことは、後から時間をかけてじわじわと、とても素晴しいものとなってあらわれてきました。
つねぼんさんもおっしゃってますが、たった1週間で、タバコを吸い続ける人生を選んでしまうのは、あまりにも性急すぎます。タバコを吸い続けるか、吸わないかは、一生の問題なのですから。

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2004/12/05

禁煙84日 ニコチンゾンビ

12月にして、この暖かさは何だろう、と驚いた一日でした。

最近、よく思うのですが、仕事で疲れたりした時にタバコを吸いたくなる、そのことを「1本お化けだ」って思っていたのですが、「1本だけ…」と思っているわけではないんですよね。「はぁ~吸ってたよな~、吸いたいな~」みたいな、思い出のような気分なので、なんだか、この「1本お化け」というネーミングに違和感を感じていました。
以前そういう方が、掲示板でカキコしていて、恐れ多くも私はレスで、それは「1本お化け」じゃなくて「ニコチンゾンビ」だと書いたことがあったのです。それを思い出して、もう一度調べなおしたら、やはり、「禁煙して、数ヶ月が経ち、禁煙することに自信もできて、からだもこころも快調になってきた頃に、やって」くる、「ニコチンゾンビ」というものがあるそうです。
1本お化けは、なんとしても振り切っていかなければならないけど、こちらのニコチンゾンビは、がんばりすぎの自分への警告であるそうです。仲良くやっていくことが可能なようです。「タバコ吸いたいな~」なんて思ったときには、「ちょっとムリしてない、私?」と立ち止まることができる。「吸いたいなぁ~」と思っても、実際には吸わない、そこで、ストレスや疲れと向き合う、そういう自分を振り返ってみる、いい機会なのだと思います。
明日からまた1週間が始まります。多分この週はハードなので、この「ニコチンゾンビ」に出会うことでしょう。自分と向き合いつつ、仲良くやって行こうと思ってます。

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2004/12/04

禁煙83日 嗅ぎタバコ

私が、まだ、喫煙者だった頃、嗅ぎタバコというのをやったことがあります。
タバコの自販機にあって、ものめずらしさで購入。
嗅ぎタバコというのは、タバコが粉末になっているもので、その粉を鼻の奥の方に入れてやるタバコです。フレーバーがついていて、鼻の奥がすーっとした感じになります。
今考えると、そんな、タバコを鼻にじかに入れるなんて、かなり恐ろしいのですが、当時、これならタバコ吸いたくなっても、いつでもどこでもできる、なんて思っていました。
でも鼻をかむと、黒い粉末が1週間ぐらいもでてくるので、さすがに怖くなって、1回しかやりませんでした。まぁ、肺がんとかにはならないタバコなんだろう、ぐらい軽い気持ちでしたが、今、調べたら、喉頭がんなる確率がとても高いそうです。おそろし~。

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2004/12/03

禁煙82日 禁煙の理由

今日は寒いけど穏やかな日、吸いたいと思うことはありませんでした。

それで、思い出したのですが、この間、大学の先輩とメールのやりとりをしていて、禁煙に話題が及びました。その先輩は、禁煙歴4年。今でも吸いたいそうです。でも、死ぬ間際の最後の7日間に、おもいっきり吸って、大往生しようと決めて、禁煙しているということです。
うーんと思いました。もちろん禁煙にもいろいろなカタチがあって当然だし、いいと思います。ただよくわからないのです。何故、死ぬ間際になってタバコを吸うのか…。このメールをいただいてから、もう数日経っているのですが、何度読んでも分からないのです。父の最期をみているからでしょうか。死ぬ間際の最後の7日間はとても、タバコを吸えるような状態ではなかったので…。他にも祖父母などを考えても、死ぬ間際に、というのは考えにくい。
ただ、父もそういうことを漏らしたことがありました、死ぬと決まったら吸うと。同じ肺がん病棟でも、吸っている人がいました。一生懸命、治療しながら、一方で命を縮め、苦しむことをあえてするというのは、やはりニコチンは怖いなぁと思います。
このメールの内容は、あくまで自分を納得させるための、何かの例えなのかもしれません。とにかくも、禁煙4年ですからね。4年も吸わなかったその理由はとても興味深いです。きっと、この言葉にはいろいろな思いが込められているのでしょう。今度詳しく聞いてみたいです。

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2004/12/02

禁煙81日 もう吸えない

おっと、つくつんちゃん、意味不明な日記ありがとう。禁煙は81日だぞ、70日に戻しちゃダメ!
こうさぎのつくつんちゃんは、こうしてたまに自動的に日記を書くのです。つくつんちゃんが私の日記を読んでいて、感じたことをウサギ語で書くのだ。つくつんちゃんは、意外と爆弾発言多いな~。私の本名バラしちゃダメだって~~。
というわけで、このウサギ語の訳は、air兄が七転八倒して、コメントに残してくれているので、そちらを参照のこと。

今日は彼氏と、共通の友人の小野さんと、3人で夕食した。小野さんはとてもパワフルな社会保険労務士なのだ。そして、非喫煙者。この間会ったときは、まだ私が喫煙していた頃で、今考えると、ご迷惑おかけしました。
私が禁煙していることは、チラッとメールで言ったのだが、今日、レストランで禁煙席を選んだ時、「ほんとにタバコやめたんだ~」とお褒めの言葉をいただきました。ので、っていうこともないけど、のの友のところにリンク貼りましたー。
とは言っても、やはり、あの食事の後の、手持ち無沙汰感はなかなか消えないものですね。今日久々に感じました。

しかし、帰ってきたら、私宛に、電話があったとの事。禁煙教室OB会の会長さんからです。折り返したら、OB会のお仕事を手伝ってほしいということでした。年明けには、OB会の委員に加わることになってしまいました。
うわー、食事後がどうのこうのなんて、全然もう言ってられないっ、また一歩、吸えない状況に追い込まれたののでした。

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2004/12/01

禁煙80日 超きもちいぃ~

みなさん、今日から12月ですね。私もおかげさまで禁煙80日となりました。

お気づきだとは思いますけど、左にかわいいの、いるでしょ。
こうさぎのつくつんちゃんで~す。禁煙80日記念に、飼いはじめました。よろしくね。
こうさぎはもうみなさん、おなじみですよね。クリックするとしゃべります。それと、思いついたときに、日記まで書いてくれちゃうんです。お楽しみに…でも、ほんとに書いてくれるかなぁ、一応そういう設定にはしたんですが。
つくつんちゃんの名前の由来は、不明です。口からでまかせにつけました。
末っ子長男で、とてもおとなしい子なのよ~この子は。(どっかで聞いたことあるようなプロフィールだ)
かぁいがってやってくださいね。

今年の流行語大賞が先ほど決まったらしいですね。
「超きもちいぃ~」に。
金メダルも気持ちよかったかもしれないけど、禁煙も「超気持ちいいぜぃ!」
禁煙80日だぁ!Go!Go!
なんて、昨日1本お化けに会い、ちょっと自信を失くしているので、勢いで行こうとしてますっ。
来週の学校がかなり不安ですが、物事マイナスに考えてもいいことないので、90日に向けて、超気持ちいぃ~精神でいこうと思います。

それと今日、つねぼんさんのサイトの「禁煙の輪」というリンク集にこのサイトが載りましたー。全く夢のような話じゃぁあ~りませんか!

「父の肺がん闘病記」も更新しました。よろしくです。

禁煙80日にふさわしい日でした。

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