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2004/12/25

禁煙104日 砂時計

今日もとにかく寝て、楽しむことに気を向けつつ、少し頭を整理する一日だった。喫煙欲求はなかった。
本当に禁煙の継続は、ストレスとうまく付き合うということの裏返しなのだと、強く思う。
でも不思議だ。司法試験の勉強していたときだって、ものすごい競争社会にいて、ものすごいプレッシャーとの戦いの日々だったのに、タバコは吸っていなかった。あの頃どうやってストレスと付き合っていただろう。
そういえば、ストレスでどうしようもなくなると、いろいろなものをシャットダウンして、大学に一人で行っていた。多摩の大自然の、そして思い出深い、母校にこもった。勉強はどうしても毎日少しでもやらなければならなかったので、勉強から逃れることはできなかったが、未来に対する不安や、いろいろな競争意識の渦からは逃れることができた。未来だとか、周りの受験生のこととかをシャットダウンできたからだ。そうして自分のやるべきことに集中力を取り戻していったように思う。自分のやるべきことに集中しているときにストレスはなくなっていた。
その時、ある本で読んだ、一つの好きなイメージがあった。人生を砂時計と考えてみる。砂は一定の速度でくびれた部分を通過していく。自分はただそれを見ているしかない。焦って、たたいたり振ったりしたら、砂が止まってしまうし、壊れてしまうかもしれない。だから余計な手出しをせずに、ただ砂が通過するままに放っておくのがいい。一日にやれることは限られている。だから砂が落ちていくように、それを淡々とこなしていくしかないんだ、と、つらい時自分に言い聞かせていた。こうやると、いろいろな心の喧騒から逃れられたような気がした。
この砂時計の例えは、今でも大好きだ。ただ砂が通過するままに放っておく、ただそれを見守る、これはなかなかできそうでできないことだと思う。自分の砂時計や他人の砂時計をこうやって見守ることはその人生に愛情がなければできないことだと思う。自分に対しても他人に対しても、こういう愛情に満ちた目線をいつでも持てたらいいなぁと思う。

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